始まりafter
この世に喚ばれてから数日が経った。
昨日はとうとう吉行君と共に出陣することとなり、手始めにと1戦のみを行った。結果は勝利。
しかし吉行君は少しだけ怪我を負ってしまった。
帰還した僕達を見た時の彼女の慌てようときたら。半ば泣きそうになりながら、吉行君を手入部屋に押し込んでいた。
彼の怪我が式神たちによって治されるまでの間もずっと落ち着きなくそわそわとしていて、大丈夫だよ、と背を撫でれば縋るように此方を見上げた。
──喚ばれてすぐの頃からそう思っていたが、名前という人間はひどく幼い。彼女は好感を抱いた相手に甘く弱いのだ。
こんのすけへの態度のように、逆も然りなのだけれど。
「主、何か分からないことはあるかい」
「あー、うん。今のところは問題ない」
断りを入れて彼女の部屋に入る。灯りで照らされていても夜の暗さは完全に打ち消せていない部屋の中、机に向かう彼女の周りには兵法書や歴史書、刀剣についての書物などが散乱していて、足の踏み場が殆ど無い。
なんとか彼女の隣まで辿り着き、座りながら、片付けようよ、と言うと、あとで、と流される。
かと言って僕が片付ければ、彼女が目当ての本を探すときに困惑するということを経験済みだから、手出しは出来ない。雑乱だが本人はそれぞれの本の場所を把握しているらしかった。
彼女は夜になると、こうして本を読みだす。そして分からない所があれば僕が教えるというのが常。元来そこまで勉学を好む性質ではないそうだが、真に必要とされれば話は別だと言っていた。
今日は何処となく、兵法書を見つめる目にいつもより熱が入っている気がする。昨日の彼女の姿がよぎった。
「……早く戦いが終わるといいね」
言ってから、失言だと思った。勢い良く顔を上げた彼女の瞳は揺らいでいる。
そこに見えているのは果たして、吉行君を濡らす血か、それとも、この言葉から連想した先にある、戦いを終えれば会えるであろう、彼女の家族のことか。どちらでもおかしくはない。
戦場に出る男子でさえ故郷を恋しがるのだ、幼い彼女に其処を思い出させるような言動は酷だった。
けれど彼女は愉快そうに笑う。
「歴史修正主義との戦いは前からずっと続いてた訳だし、私の生きてる間に終わる気もしないかな。それにもし終わってもなあ、私、家捨ててるからどこに戻りゃあいいのか」
目を見開いた。終わる目処が立っていないというのは、現実的に考えればそうかもしれない。
しかし家を捨てたというのはどういうことだろう。良い家庭に産まれなかったのだろうか、だから審神者になることを機に。そんな不躾な想像を巡らせてしまった僕に、対して笑みを浮かべ続ける彼女は口を開いた。
そして僕は耳を疑う。
此処に来る時に、自分の存在した記録も記憶も全て世界から消して貰ったんだだなんて、彼女は笑って告げたから。
「私はただの親不孝者だよ。普通に良い家族だったんだろうけどさ、私は親に感謝したことなんてなかった」
その笑みは、まるでここに居ない家族を馬鹿にするかのよう。そして言葉を続けて、
「元々後先考えないし、問題は起こってから考える性格なもので。
確定事項にグダグダ騒ぐのが凄く煩くて、聞いていたくなくって、躊躇わずに審神者になったよね」
──ああ、この子は、なんて。
なんて、どうしようもなく、──かなしい子なんだろう。
本当に両親のことをどうとも思っていないのなら、わざわざ記憶処理なんて頼まなくていいのだ。泣き喚くまま放っておけばいい。
だのにそうしなかったのは、自分が居なくなることで両親を悲しませまいとする彼女なりの優しさだ。
何よりもかなしいのは、彼女が自分でそれに気付いていないこと。
親を自分の勝手で捨てた子供だと、自分を認識していること。そして、目を逸らしていた真実に気付たとき、彼女は間違いなく崩壊してしまうであろうこと。本当は両親を愛していたのだと気付いてしまえば、ひとりの寂しさに押し潰されてしまうから。
だから彼女は、自分の愛を最初から無かったものだと思い込んだのだ。後先考えずに行動し、問題はそのときになって考える性格だというのは、彼女の言っていた通りだろう。
でも、もし。家族を捨ててひとりぼっちになって、新しい場所で、せめてこうして自分の「汚点」を暴露できるほど僕たちの誰にも心を許すことがなかったら、彼女はどうなっていたのだろうか。ぎゅう、と胸の奥が締め付けられるように痛かった。
人の身を成してそう日は経っていないけれど、その理由は知っている。実体は成していなくても、元より意思と感情自体はあった身だから。
「……主はとんでもないことをしたんだね」
笑顔で、虚勢で出来た今の彼女を受け入れる。
このかなしい嘘を暴いてはいけない。少なくとも、今はまだ。
彼女は「汚点」を僕が咎めないことに驚いたのか瞬きを繰り返すと、あはは、ヤバいだろー、だなんて声を上げた。笑い話を話すように、楽しそうに笑いながら。