始まり03
壁の木の板に鍛刀時間は3:00:00だという文字が浮かび上がると、諦めた様子のこんのすけが手伝い札とやらをくれた。作業時間を短縮する呪のかかった札らしい。
だがしかし使わない。3時間もあるのだ、有効活用しないでどうする。
資料に加え、書斎部屋から取ってきた兵法書やらを鍛刀場の隅に座りながら読むことにした。文を読むのは速いと自負しているけれど、あまり読まない部類の本ではなかなかそうはいかない。
資料を読み終え、2冊目の最後のページまで辿り着いた時には、もう既に鍛刀時間は数分を残すところまでになっていて、目も疲れたからとただ待つことにした、結果。
「太刀ですね」
出来上がった刀の種類をこんのすけに教えられる。
鍛治場の炎に照らされてぎらぎら輝いている刃が眩しくて、目を細めた。
へえ、格好良いなあ。本物の刀なんて初めて見るけれど、数有る刀の中でも一際綺麗な刀なのではないだろうか。
これで願わくは、交流しやすい、そう、気さくな性格の付喪神が憑いていればいいのだけれど。
深呼吸してから、一歩近付く。
あとは念じてみればいいのだったか。念じるってどうすれば良いんだろう。出でよ、とかだろうか。
「うおっ」
考えた途端に刀がぴかーっと光った。炎の反射で眩しいだとか序の口だ。
腕で光を遮る。
眩しさが収束していくのに合わせて腕を退けると、そこには黒いスーツらしきものを着た男の姿。高身長だな、と見上げると目が合った。反射的に逸らす。
どう声をかけよう。
付喪神どころか人と仲良くする方法さえ、資料にも本にも載っていなかった。
「君が、僕を呼んだ審神者かい?」
「え!? あっ、は、はい!」
すると彼が片膝を付いて問いかけてきた。
その声は穏やかで、すうっと緊張が解けていく。私を覗き込むようにしている彼の顔へ視線をやると、厳つい眼帯で隠れていない方の目は柔らかな色を湛えていた。
良かった、安心した。凄く良い人だ。
「僕は、燭台切光忠。青銅の燭台だって切れるんだよ。あはは、燭台だなんて格好つかないよね」
「え、青銅切れるとかすげえ」
思わず言葉が零れて、手で口を塞ぐ。
燭台切さんは目を丸くすると、ありがとうと笑ってくれた。緊張して損した、やっぱり良い人だ。
燭台切さんは立ち上がって地に付いていた膝の汚れを手で払うと、よろしくね、と反対の手を差し伸べて来た。私もそれに倣って手を差し出す。
「えっと、燭台切さん。よろしくお願いします。あー、わたくし、名前と申します」
「さん、なんて付けなくていいのに。敬語も要らないよ。君は僕の主になるんだから」
黒手袋をした大きな手と握手をしながら言葉を交わす。
けれど、主、という言葉に固まった。
私が主で良いのだろうか。
付喪神は、唐傘お化けだとか妖怪染みたものを含むこともあったり、古い物に憑くという日常で身近な神様であったりするとはいえ、存在自体は人間ではないのは確かなのだ。こんなペーペーの小娘の部下なんて不本意なのではなかろうか。
「どうしたんだい、そんな顔して」
「え? ああ、別に」
考えていたことが顔に出ていたらしい。
私が誤魔化すと、うーん、と顎に手をやって首を傾げる。それがとても様になっていて、顔の良しの基準はわからないけれど、恐らくかなり良い方なのだろうと思った。
彼は口を開いて、
「もしかして、初めて喚んだのが僕なのかな」
「あ、ええと、はい、じゃない、うん」
「そうか。それなら色々と不安もあるだろうけれど、僕が出来得る限り支えるよ」
驚愕した。
何に驚愕したかといえばそれは勿論、格好良すぎるだろう、という話だ。
気さくな人に来て欲しいとも、良い人が来てくれたとも思ったけれど、こんなに優しい人が来てくれるとは予想だにしなかった。
泣きそうになって俯いた。
あーあ、私ってどうにも弱いんだよなあ。
自嘲と安心の嘆息をひとつ。どうにか涙を抑え込んで顔を上げると、燭台切も微笑みを見せてくれた。