彼らはどんなものなのか02
広間での話はそこで終わった。
けれど、それで一件落着かと思えばそうではなくて。
「じゃあ、主。話したいことがあるんだ」
「え? え、う、うん」
そのまま広間で今日の仕事の割り振りを皆に伝えた私へ声をかけてきたのは、怒っているように見える刀剣男士こと燭台切。未だにそうらしく、彼の目と声色は怖い。
少し前に陸奥守が、燭台切は感情を大きく外には出さない奴だ、と言っていたけれど、今の燭台切は怒っているのが目に見えて分かる。それほど怒らせているのかと思うと、また血の気が引いていった。
正直なところ、燭台切に見限られてしまえば、私は、もう。
「座って」
誘導されたのは私の自室。燭台切なら出入りは自由だと言ってあるにも関わらず毎回許可を取ってくれる彼が私より先に部屋に入った時点で、終わった、と思った。皆の居るところでは話しにくい内容でもあるのだろうそれを聞くのが非常に怖い。でも受け止めなければならない。了承した以上、ここで引き下がるのはルール違反だ。
言われるままに、手で示された座布団の上で正座する。燭台切も私の前に座ると胡坐をかいた。
主。一言で呼びかけられて、肩が跳ねる。逸らしてはいけない、自分に言い聞かせながら、投げかけられる金色の視線を見つめ返した。ゆっくりと燭台切の口が開かれる。
「さっき、刀なんだから物と扱えと言われても無理だ、って君が言ったとき。薬研君に制止されたけど、それがもし嫌なら自分はどうするって言おうとしたんだい」
拍子抜けした。
予想していたのは「僕らは物だ」の主張、もっと言えば「主にふさわしくない」という批評。なのに燭台切が尋ねてきたことは、なぜそんなことを聞くのかって内容で。これなら正直に言ったって構わない気がする。
「自害するって言おうとした」
「は?」
「えっ」
燭台切の目が見開かれた。欠けのない満月のようになった黄金の瞳は私を見据えていて、それに籠っている感情は戸惑い一色。怒りはさっぱりと消えている。
そんな風に驚かれても、私だって驚くしかない。起こったのは燭台切の勘違いだったとか、そういうオチだったりするのかな。一体何を勘違いしたんだろう、何度も瞬きを繰り返す燭台切の言葉を待った。
空中をふわふわと小さなゴミが飛んでいくのが目に入って、思わずそちらにつられそうになる。でも堪えて、燭台切から視線を外さないようにした。これだけ動揺する姿は珍しい、折角なんだから見ておこうとも思うし。
そうやって燭台切をじいっと見つめていると、彼は右手で顔を覆って溜息をついた。なんだ、その反応は。指の間から瞳を覗かせて私をちらりと見ると、早々に手を退ける。手は胡座の上へ戻っていった。
「怒られなさそうだって安心したような顔をしているけれど、それは間違いだからね。
いや、確かにもともと怒るんじゃなくて叱るつもりで、だから少しお仕置きのつもりでわざと怒っているように見せていただけなんだけど、あー、そうじゃなくて。
……ちょっと初めから説明するよ」
わざとだったんだ。叱りたいって感情と怒りの感情との区別はさすがに感じ取れなかったらしい、全然気づかなかった。そして私が見抜けないことも予測した上でそう振る舞っていた燭台切は、上手いというかなんというか。私がしていたのは怒られる心配ではなくて拒絶される心配だから、似ているようで全然違うんだけど。
でもその心配だってやっぱりなさそうだから、落ち着いて話を聞ける。初めから説明してくれるあたり、燭台切は私の理解力の程度が低いことを分かってくれるんだなあ、と有り難くなりつつ。これだから、馬鹿な私は燭台切に懐いてしまう。
「僕、もし嫌なら他の審神者のところに行けるよう政府に頼む、って言うつもりだと思ったんだ。
だから怒ったし、悲しくなった。君は僕たちをヒトと同じように扱ってくれる。それを嬉しくも、これからもそうしてくれとも思う。
けど、僕たちはどうやっても、所有され使われる存在であるという意識は消し去れない。持ち主に手放されるのは、使われる物として寂しいものだよ。このことは、僕以外の刀剣に対しては特に気を付けてくれ。
それに僕は、物としての意識の他にもヒトとして、君のことを気に入っているからね。主だって、親しい相手に居なくなれと言われたら辛いだろう? そういうことだ。
……とはいえ、これは僕の思い過ごし、むしろ思い過ごさなさすぎだったんだけど」
燭台切はそこで一旦区切ると、ひとつ瞬きをした。真っ直ぐ射抜かれる。
「ここで主に聞きたい。自害するという結論を出した理由は?」
理由。燭台切はそんなことを聞いてどうするんだろう。でも彼の話を聞いていて、私も勘違いしないで欲しいという気持ちが湧いているから、是非話したいところだ。
私はね、燭台切の思うよりももっと汚い人間なんだよ。ああ、自分の汚いところを話すっていうのに、恐怖は全然湧いてこない。広間で話す時はあんなに嫌だったのに、どうしてだろう、相手が燭台切だからだろうか。先刻のだって、燭台切だけは大丈夫だという考えは驕りだったのかと思ったけれど、結局怒っていなかった。その事実が、その傲慢を愚かしくも裏付けているように思う。
頭の中で組み立てながら、大きく息を吸った。
「前提として、まず、私は皆のことが好きだよ。
だから、どこにも行ってほしくない、ずっと私のところに居てほしい。……手放さないでほしいとかの心配はしなくていいよ。私は、君たちが私のところに居るのが嫌だって言っても手放そうとは出来ない、泣き喚いて縋り付くことしか出来ない。
でも、それじゃ駄目なんだ。それこそ物扱いなんだ。嫌がる相手を自分勝手に押さえつけるなんて、物扱いでしかない。したくないことをする刃目になる。けど、だからといって、私は、……親しい相手が居なくなるのを受け入れられるほど、大人じゃない、強くない。
だから原因を断つ。元は私との意見の相違が理由だ。なら、私が居なくなれば全部上手く嵌って効率が良い。皆が嫌がる主張をする人間の存在も、私がみっともなく縋ることも無くなる。
これが理由かな」
ついでに言うなら、私が死ねば政府が他の審神者の元へ皆を異動させるだろうし。気を付けろととのことだからこれは言わない。
私が話し終わると、燭台切は神妙な顔をしてどこぞの空間に目を遣った。考え込んでいるらしい。そう経たないうちに、彼は私に視線を戻して言う。
「君のその思考回路はなかなか直らないだろうから置いておこう、仕方ない。代わりに目をかけておけば良いし。
ただ、君に言いたいのはね。
君、親しい相手が居なくなるのはって言ったけど、それは僕だって同じだ。自害するつもりだったって聞いて肝が冷えたよ。君の死を悼む者は存在するんだから」
「……う、うん?」
言われた言葉に疑問符が浮かんだ。それを見た彼が、目を苦く細める。
「まったく、そんな不思議そうな顔をして。
……置いておくと言ったんだから今はそれに従うけど」
燭台切は諦め混じりで笑った。一応、彼が言わんとしている意味は分かる。物語でもありがちだろう、例えば捨て身になった主人公に仲間が貴方に死なれたら云々言うのとか。でも、それこそそんな顔をされても、私が死を悼んで貰えるところなんて上手く想像出来ないしなあ。格好のついた華々しい死に方をするわけでもなし、それほど良い人間でもなし。
遠くから、鯰尾の楽しげな笑い声が微かに聞こえてくる。それをBGMに、燭台切はまた何か思考に耽る様子を見せていて、まだ何か続きがあるのではないかと私も口を閉ざした。それにしても鯰尾、あいつまた何かとんでもないことをしているんじゃなかろうな。あとが怖いところである。
でも話の続きがあるわけでもなく、時間を取らせただのの謝罪をした彼はゆっくり立ち上がった。屈んだ彼が目の前に手を差し出してくれたので、それに掴まらせてもらう。同じように立ち上がった。先ほどよりも幾分高くなった彼の顔を見上げれば、ぽすりと頭の上へ手を置かれる。彼はその手で私の頭を2、3度撫でた。それから、自害の話、僕以外には秘密にしておくこと、と釘を刺すように言う。首肯すると、やや満足そうに微笑まれた。
さて、ようやく幕引きのようなので。彼と今日の仕事を始めようか。日はもう大分昇っている。