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薬は、今のところ、よく効いているように思う。複数種類渡されたもののうち、一番最初に試してみるといい、と書き添えられた薬が「当たり」だったようだ。比較対象が無いから恐らくだけれど、強すぎ弱すぎず、きちんと作用した。
それは一緒に飲んでいるトーマスも同じようで、「眠くなるなこれ、なんかコントロールされてるみてえで腹立つ」とぼやいていた。ちょっとわかるかもしれない。自分で制御できない眠気は、普段のそれとはどこか違う。でも、ありがたいのは確かだ。発作で混乱しているときは頭から薬のことがすっぽ抜けるけれど、トーマスが飲ませてくれるから、数分もすれば落ち着いてくる。なんなら、いっそ、精神的に疲労した身体をそのまま睡魔に委ねても良いのだ。
そういうわけで、私の懸念の一つがマシになった。少し余裕ができた。
……少し余裕ができたのなら、やれることが増える。
増えるが、……特に、トーマスのためにできることが増えるわけでは無い。悲しくて、残念だ。私は、私のためのことしかできない。
たとえば、具体的に言うと。
「……また俺のデュエル観てんのか」
「う、うん……」
「……ん? ……ああ!?
なんだ今の!? 今の切り替わり……、これ編集してあんのか!?」
「あ、こ、これ、お気に入りのとこ、集めたデータで……」
テレビで放送された、大会の実況中継やインタビューの録画と、トーマスに観せてもらった、大会外のデュエルの映像記録。
を、編集して、かっこいいところを集めたり、素で笑っているところを集めたり、好き放題して視聴している。これは「チャンピオンのⅣ」編。
空中に浮かぶそれは、トーマスを絶句させ、立ち尽くさせてしまった。引いちゃうかな、なんて思ったから、見られないようにはしていたのだけれど。見られちゃったものは、見られちゃったものだ。引かれないことを祈るしかない。
俯いて、トーマスの反応を待つ。映像は未だ流れていて、トーマスの作った声も聞こえっぱなしだった。
「……お前よお」
「う、うん」
「これが『お気に入り』って、マジでなんなんだよ」
呼ばれたので、頭を上げた。トーマスは映像を親指で指さし、そう言った。
その表情は怪訝、というよりも、機嫌が悪いように見える。
……最近、トーマスのこと、不機嫌にさせてばっかりだ。
トーマスの外での姿を「お気に入り」と言ったのは、そんなに不快だったのだろうか──いや、そうか、そうなんだろう。トーマスは、外ではいつも取り繕っている。そんな窮屈なこと、嫌じゃないわけがない。嫌な思いをしてやっていることで喜ばれては、癪に障ってもおかしくない。
でも、そうだとしても、私はなんと答えたら良いのだろう。
喜んでごめんね、は、なんだか違うと思う。
私は、……私に言えることは、少ない。本当のことしか、言えない。
「……私、トーマスが何してても、……悪いことしてても、トーマスのこと、好き、だから……」
トーマスが「ああ?」と眉を顰める。舌打ちでもしそうな雰囲気で、私を見下ろしている。それは恐ろしい仕草のはずなのに、……また、危うい雰囲気になっているように感じられた。
……こんなトーマスに、私は、……ほんとうに、なんて言ったら良いんだろう。
前にも言ったことを、もう一度口に出す、とかでも良いだろうか。トーマスの気を鎮められる言葉として、効力があると既に分かっているものに頼っても、大丈夫だろうか。また同じこと言いやがって、なんて怒らせないだろうか。
……もう一度、同じことを、もっと何か、別のことも添えて、言ってみようか。
トーマス、と名を呼ぶ。すぐ、彼の意識がこちらにしっかりと向けられたことを感じた。緊張に喉が上下する。だめ。堪えろ。堪えて、言わないと。
目を合わせて、息を吸う。
「……私、『Ⅳ』も、『トーマス』も、トーマスだから、好き。
どんなでも、好き。何されても好き。トーマスだから。
飲み込まれそうなくらい、残酷なくらいの強さを持つものが好きなのは、私の好みの話、であって、……その、トーマスが酷いくらいに強いから好きっていうのとは違くて。
……え、えっと、トーマスは私に優しくしてくれるし、私に真っ直ぐでいてくれるし、でも、それは嬉しいけど、だから好きなわけじゃなくて。
トーマスがトーマスだから好きで、それで、えと」
「もういい」
「え、えと」
「いいっつの!! 意味のわからねえこと言いやがって!!」
がっし、頭を掴まれた。撫でるのではなく振り回すという感じで手を動かされる。乱暴だ。でも、こんなことでは小指の先ほども、嫌いになったりはしない。
しばらくされるがままになっていると、トーマスも気が済んだのか手を離した。そして、私の隣にどっかり腰を下ろす。肩を勢いよく引き寄せられた。背中に、トーマスの熱。
トーマスは、ぽつりと言った。
「……お前に、優しくしたらいいのか、冷たくしたらいいのかわからねえ」
「……、トーマスの、……私は、……何されても、トーマスのこと、好きだよ」
「ああそうだろうな!! 知ってるから考えてんだよ!!」
耳に近いところで叫ばれる。少しびっくりしたけれど、不快感は無かった。
それよりも、トーマスの気持ちが落ち着いたかどうかの方が気になった。声から察するに、すっかり良くなったという感じはしない。でも、傍に居て不安になるような感じでもない。あえて表現を見つけるなら、戸惑っている、悩んでいる、ような。……それじゃ、彼が言葉にしているのと同じことでしかない。特に目新しい発見ではない。……私では、トーマスの気持ちをしっかり察してあげることはできない。
余計に気を悪くさせたりはしなかっただけ、良かったのかもしれないけれど。自分の無力さは、痛感する。
どうもできない私は、静かにトーマスの言葉を聞いていた。
「……どんな俺でもって、どういうことだよ……」
言葉通りの意味だよ。
そう言っても、どうもできない気がした。