04

 テレビの画面に、「期待の新人デュエリスト」の文字が躍っている。添えられた写真には、とても見慣れた顔。

「ただいま、……何観てんだお前」
「あ、おかえりっ」

 トーマスの声が聞こえて、すぐにそちらへ走って行った。まだ夕方だ、今回は早く帰ってこれたみたいだ。嬉しい。
 部屋の入口に立っていたトーマスは、私を引き寄せて抱き締めてくれる。知っているにおい。肩の力が抜ける。彼はそれを鼻で笑ったけれど、悪い意味のものじゃないのは雰囲気で伝わってくる。愛想笑いとかなら別だけど、トーマスは恐らく私の前ではあまり取り繕わない。そういう気の遣い方はしなくて良い、みたいに思ってくれている。たぶん。私の願望込みの予想だから、強い確信があるわけではないけれど。
 でも、それこそ、テレビの中の「Ⅳ」を見る人よりはずっと、本当のトーマスを見せてもらえているはずなのだ。
 ……有名デュエリストの「Ⅳ」を作り上げる。トロン様の復讐計画に組み込まれているその行為がどのような役割を果たすのか、私にはわからない。
 だけど、トーマスの時間や体力、それから「紳士的なデュエリスト」というキャラクターを装う精神力と、あらゆるものが削られているのは間違いない。
 今回みたいに、数日のあいだ家を空けることも珍しくなくなってきた。その度、私は独り取り残されるような、恐いものだらけの世界から身を隠す術を失ったような、まっくらな気持ちになる。
 だから、トーマスが「ただいま」と抱き締めてくれると、すごく安心する。傍に居てもらえなかったぶん、いつもより近くにトーマスを感じさせてもらえるのは、贅沢な埋め合わせだと思う。抱き合うこと自体はそう珍しい行為でもないのだけれど、それとこれとは別だ。こうやって、久しぶりに帰ってきたときのトーマスは、いつもよりも大事に抱き締めてくれる気がするから。

「お前、よく『Ⅳ』の映像観てるよな」
「ん、うん」

 しばらく抱き合ったあと、トーマスに手を引かれてベッドの上に座った。Ⅳ特集の録画を映していたテレビは、一時停止もせずにいたせいで、再生終了の文字が浮かんでいる。トーマスはそれを冷めた目で一瞥すると、未練無く消してしまう。

「まったく、メディアっていうのは扱いやすいんだか面倒なんだか。大勢に見えるところで『紳士』ぶってみりゃ、すぐそれに食いついてくる。しつこいくらいにまとわりつきやがる」
「……属性を誇張すると、コンテンツとして使いやすく、なる、から、ね」
「人間ってのは単純なもんだな。ま、せいぜい利用させてもらうぜ」

 トーマスはわざとらしく肩を竦めた。彼の言葉の端々は、なんだかちくちくしている。疲れているのかもしれない。
 疲れているトーマスに、私は何をしてあげられるだろう。
 何かをして「あげたい」というのは傲慢だ。それに、私にできることなんて高が知れている。でも、感情が理屈に追いつかない。
 私にできること、思いつくことを、過去の経験から割り出す。トーマスが嬉しそうにしてくれること。喜んでくれること。
 考えて、答えを出して、実行する勇気をひねり出して、霧散しないよう固定して、トーマスの服を引っ張った。赤紫がこちらを向く。目が合った、と思った。私はなかなか他者の目を見られないから、これはレアケース。そして、トーマス相手だから出来ること。自分はトーマスを信用しているのだと、自覚させられる。
 自覚した、そのままの勢いで口にする。

「私、……『トーマス』も、『Ⅳ』も、トーマスが、大好きだよ」
「…………」

 トーマスが目を見開いた。頭がさっと冷える。
 駄目だったかな、「好き」って言うと喜んでくれる、のに、だよね? でも、今は違ったのかな。
 「『Ⅳ』も」って、いつもよりもたくさん「好き」の気持ちを伝えようと思って、言ったけど、迂闊だったかな。怒らせちゃった? 嫌われちゃったかな。私のこといやになっちゃったかな。それは、やだ、な。恐いな。
 俯く。より先に、デコピン。された。びっくりして、悲鳴が出た。

「マセやがって」
「あうっ」

 ベッドに倒された。横に力を入れられたから、頭が枕のある方にきた。衝撃が頭に響いて、ぐらっとする。トーマスはおかまいなしに、自分もベッドに寝そべった。
 身体を引き寄せられる。トーマスの胸元に顔が埋まった。あたたかい。……落ち着く。そうっと背中に腕を回してみる。拒まれなかった。よかった。今の声も恐くなかったし、さっきのは失敗じゃなかったみたいだ。
 それにしても、トーマスはどうして寝転がったんだろう。不思議になって見上げると、彼はなんでもなさそうに言った。

「昼寝だ」
「ひるね、にしては時間が、あの、夕食」
「どうせⅢが呼びに来るだろ。そんとき腹減ってたら起きる。面倒なら寝直す」
「……そか、じゃ、いっか」

 トーマスがそう言い切ったので、私も納得する。今日のご飯は外で買ってきたものになる予定だったはずだ。私やトーマス、クリスが作るときもあるけれど、クリスは忙しかったし、トーマスはやることがあった。私は私で、トーマスが居ないと、失敗したときにパニックがなかなかおさまらなくて、どんどん失敗を積み重ねてしまうから。
 私たちのぶんのご飯が余っても、明日食べたら良いし、今日一食抜くのも、まあ、大丈夫だろう。疲れているトーマスには栄養が必要な気もするけれど、……トーマスが言うのなら。明日は私がご飯を作るから、そっちは栄養を考えよう。……そもそも、みんなで同時に食卓を囲むことすら無くなった、し。
 一緒に眠ること自体は、いつものことなので構わない。トーマスの抱き枕になるのは、数少ない私にできることのひとつだし、私もこうして眠るのは好きだし。トーマスが良いなら、良い。
 そんな風に自己完結すると、トーマスがハ、と笑った。

「お前、本当に俺を優先するんだな。頼るならⅢだって良いだろうが。俺が居ないときも、映像の俺じゃなくⅢに構ってもらえば良い。
 ……そんなに俺が良いのか」
「え、う、うん……、わ、私……、だって……」

 トーマスの声は、静かだ。怒るでもなく、喜ぶでもなく、尋ねることを目的として尋ねている、という感じ。
 こういうときのトーマスは、ちょっとだけ恐い。トーマスのことが恐いんじゃない。トーマスを取り巻く環境と、それに影響された彼の精神のバランスが、恐い。
 私の言葉で、その恐ろしい状態がどうにかなるとは思えない。私は、私の話をするしかない。自分の言葉に自信が無いからといっても、黙っていたら、トーマスは怒るから。

「と、トーマス、すき、だから。あと。トーマスは、昔から、ちょっと意地悪だけど、でも、ええと、えと、え、と、そう。
 た、たよれる、頼れる感じがする」
「……『頼れる』、ねぇ」
「あ、あう、あ、あの、トーマス、えと、め、めいわく、ッうぐ」

 めいわく、の次の、かけてるかな、は、言えなかった。
 トーマスの胸元に顔面をぶつけられて、上唇の内側が切れた。乱暴な抱き寄せ方に固まっていると、頭にため息が降ってくる。

「迷惑とか考えてる暇があったら、明日の献立でも考えてろ。俺の好物とVの嫌いな物を両立できるような」
「え、あ、あした、の?」
「ああ。……つーか、さっきのもまあ、悪くない答えだったしな」

 「悪くない」と言われて、ほっと息を吐いた。悪くなかったなら、良かった。迷惑をかけているのは本当だと思うけれど、トーマスが、許してくれているなら。
 ……そう、だよね? 迷惑のぶん、ご飯作れってことだよ、ね?
 文脈から察するのは苦手だから、ちょっと不安ではある。でも、うん、たぶん、大丈夫。大丈夫。大丈夫。

「……寝るか。寝るぞ」
「ん、う、うん、ねる」

 トーマスは早口に言った。そうだった、寝るはずが時間をかけてしまった。
 寝やすい体勢になるためか、トーマスがもぞもぞと動く。私もそれに倣って、うまく彼の腕の中に収まる位置を取る。

「おやすみ、名前」
「おやすみ、トーマス」

 あとは眠る前の挨拶をして、目蓋を下ろす。
 ……明日の献立、どうしようかな。昼は今日の残り物として、夜は、トーマスのリクエストで…………、……………………。

ここは呼吸をするところ

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