03
バイロン様が、戻って来た。
それは、喜ばしいことのはずだったのに。
「これから俺のことはⅣと呼べ」
「え、ど、どういう」
「兄貴はV、ミハエルはⅢ。……あいつはトロン。
……トロンの復讐のために、俺たちはみんな名前を捨てることになった」
「……そ、そうなん、だ……」
私に隙も与えぬようにして言葉を並べるトーマスは、たぶん、泣きそうだった。
バイロン様が戻ってきて、トーマスとミハエルと一緒に施設を出た。落ち合った先で、クリスとも再会した。
肝心のバイロン様は、変わり果てていた。
それは決して外見だけの話ではない。顔の半分を失ったことや、子供の体躯になってしまったことも驚きだったし、Dr.フェイカーから受けた仕打ちを聞いてショックも受けたけれど、もっと、根本的なところが変わっていた。
心には復讐しか無い。彼は──トロン様は、そう言い切った。今の自分はフェイカーに復讐するためにだけに在るのだと。
「……ンな顔するなよ。俺たちは二つ目の名前を与えられた。それだけだ。
Dr.フェイカーへの復讐。いいじゃねえか。そいつのせいで俺たちは離れ離れになった。俺たちは施設に入れられて……。
お前も、『そう』なった」
「あ、う……」
「そう」という言葉が何を指すのか、私にはわかってしまう。
施設での暮らしは私の心を蝕んだ。他者と接することが恐くなった。
対人恐怖症、と言えば良いのだろうか。ざっくりとした表現になってしまうけれど、病院は保護者同伴じゃないといけない歳の私は、正確な病名を与えてもらうことができない。施設の人は私を見放していたし、トロン様も身を隠すつもりだから、付添いなんて望めない。
こうなってからの私は、ミハエルにもトーマスにも気を遣ってもらって生きている。他者という恐怖の対象を避けられるように、不安になっても安心できるように、目の届くところに置いてくれている。特にトーマスには頭が上がらない。施設を出て、家族──だと信じたい──みんなで住むことになっても、同じ部屋を使おうと言った彼は、今までもずっと私を気にしてくれた。
私がどんなに情けない姿を見せようと、トーマスはずっと傍に居てくれた。申し訳なくて遠ざけようとしても、お前の意思なんて知るかと言い切って、離れないでくれた。
だから、
「……父さんは変わっちまった。父さんは、あんな人じゃなかった」
「……うん」
「それも、全部、フェイカーのせい、復讐が終われば、父さんもきっと、……。
くそっ、クソッ……!! ……なんで……」
縋るように抱き締めてきたトーマスの腕の力はとても強くて、身体が痛いくらいだった。それでも、されるがまま、私もトーマスの身体を抱き締め返す。
私は自信なんか持ち合わせていないから、自分の考えに完全な確信を持つことはできない。トーマスが私に言ってくれたように、「大丈夫」と言ってあげることもできない。大体、それこそ、何が「大丈夫」なのかもわからない。私に何ができるという話だ。
だから、私は、せめて。
この人の傍に居たいし、この人に傍に居てほしい。
恐いものが無くなるまで。恐いものが、いつか無くなったとしても。
「お前には俺が居る。俺が居るからな……」
「う、ん。居て、トーマス、ここに居て……」
「……Ⅳだって、言ってるだろ……」
震えている。トーマスの声も、腕も。
──ねえ、どうしてですか、トロン様。ううん、バイロン様。
私たちは、復讐の話なんて、してほしかったわけじゃない。
復讐をこそ否定する気は無いけれど、でも、私たちは、彼の息子達は。最初には。
「ただいま」、「心配かけたね」、「よく頑張ったね」。
「もう大丈夫だよ」。そう言ってほしかっただけのはずなのに。