スマホを弄っていた直江が、む、と声を漏らした。寄り添うようにして隣に居たから、ちらりと横に目をやる。見上げた先、直江は少しばかり口元を緩めていた。

「中学時代の友人から連絡が来てな。今度、飲みにでも、と」
「へえ、そう、──」

 相槌を打つ途中、詰まった。一瞬あったはずの「良かったね」「中学時代の友人ってだいぶ付き合い長いな」が、ぴたりと裏返る。
 ──そういえば、直江は人に慕われるたちだった。
 自分だってそれのおかげでここに居るのだろうに、忘れかけていた──考えないようにしていたことが、頭に浮かんだ。
 直江は、人に好かれる。直江自身も、色んな人のことが好きだ。友人となれば、尚更。それを思うと、……いやな、気持ちに、なる。
 我ながら、どうかとは思うのだ。直江の交友関係に対して、何度嫉妬すれば気が済むのか、と。
 勿論、口を出すつもりは無い。けれど、それなら初めからこんな感情自体を持たないでおいた方が、お互い楽なはずだ。自分だって苦しいし、直江に迷惑をかけたり不自由させたりしたくない。直江に窮屈な想いをさせて、嫌がらせて、……嫌われるのも、怖い。
 ──でも、私の知らない直江を、その人たちは、今まで、直江の側で──。
 私の知らない直江を好きで──。
 ──直江を、好きで。
 ──直江の側に、居て。

「…………」

 ああ、良くない。
 直江に私の知らない姿があったり、知らない人たちと仲良くしていたり、そういうことは「前」だってあった。なんなら、「前」の方が多かった。直江は上杉の家老で、取次もやっていた。仕事上の関わりなんて、私の知らない範囲のことが多すぎた。
 だけど、──だけど。
 「今」は。「今」の私は、直江と恋仲なんてものになれてしまった私は、その事実に慣れていない、……のだと思う。「前」は直江との付き合い自体が相当長かったのも要因だろうか。
 私の知らない直江があったことを、直江と出会う前の直江のことを、今更になって、突きつけられている。

「名前、どうした」
「──あ、い、いや……なんでも……」

 訝しげに尋ねられて、慌てて首を横に振る。ほぼ反射的なものだった。
 考えに耽ってしまったことを悔いる。こんなもの、直江に勘付かれるに決まっている。実際、直江の首がこちらを向いているのが、視界の上側で辛うじてわかる。
 ──もっと早くに出会いたかった。
 「今」だけじゃなくて、「前」だって、もっと早くに会っていれば、直江のことをもっと知ることができただろう。私の知らない直江を、ちゃんと知ることができただろう。
 でも、出会ったタイミングがあのときだったことに意味があるのだとも、思う。半ば確信に近い強さで。
 あのとき出会えたから、今の私と直江があるって、そんな気がしている。では、だから、じゃあ。何をどうしたらいいかって。この寂しさをどう埋めるのかって、どうするのがただしいのかって。
 それは、たぶん、私の思っているとおりで良い。

「……、直江」

 隣の身体にもたれかかる。腕に受け止められた。あれ、と見れば、体勢を変えた直江が私を抱き締めようとしていて、──気付いたときには、もう腕の中に収まっていた。髪を撫でられ、頬を頭に擦り寄せられる。慰めの動作に苦笑した。この人は、ほんとうに優しい。
 自分もその背に腕を回して、ぎゅうっとやる。

「直江は」
「ああ」
「……、……ずっと一緒に居てくれる?」
「当然だ、何を馬鹿な──、……ははは!」

 憤慨するように言いかけた直江が、途中で笑い出す。声を上げてのそれに、私の感じたもの、考えたことが見透かされたのを知った。気恥ずかしくて、首筋に頬を寄せる。

「ずっと共に居よう。ずっと、ふたりで、新しい記憶も、思い出も、作っていこうではないか」
「…………、ん。約束。ずっとね」
「うむ、約束だ。義士は約束を違えぬぞ!」

 にこにこ笑う直江は、やたらと楽しそうだった。私の抱えるものが、穢い嫉妬だって解ったのだろうに。直江がそれをも愛してくれているのは、もう、知っているけれど。

「名前、少し前向きになったか?」
「そうかな、……そうかも」
「感慨深いものだな、これも義と愛の力か!」
「…………」

 親兄弟みたいな言いようと、いつもの言い分の混ざった台詞に、失笑する。兄貴分は政宗で十分だし、義と愛というのは、……まあ、否定はできないけれど、なんだかな。
 ただ、一方で、確かに前向きにはなったかも、と思う。以前の私なら、落ち込んで、穢い自己を嫌悪して、更に落ち込んで、の悪循環に嵌っていたはずだ。
 実際、そうなりそうだった。でも、その気持ちを退けて、「この先」、直江と一緒に居れば良いのだ、一緒に居たい、一緒に居よう、と思えた。不安を叩き伏せて、展望を想うことができた。それは変化に違いない。前向きになった、という表現も合うに違いない。
 であれば、これは直江のおかげだ。
 本人たる私には判断がつかないのだけれど、世間一般や平均的な目線からしたら、私は「重い」というやつなのかもしれない、とは感じる。嫉妬深さ、沢山を知りたがること、今後一切を欲しがること。でも、直江はこうやって笑って、良いぞ、と言って、……それで、きっと。

「直江、私のこういうとこどう思う?」
「愛しているぞ! 心からだ! この愛に敵うものは居ないだろうな!」
「……、ふ、ふふ」
「私の名前は笑顔も可愛い!」

 抱き締める腕に力が込められて、余計に笑みが溢れた。苦しいくらいだけれど、身体をぴったりくっ付けられる。私を甘やかすことの、なんて得意なひとなんだろう。私が欲しい言葉、嬉しい言葉、されたいこと、幸せなこと、全部知っているんじゃないかとさえ思う。このひとの、その聡明さと優しさに、私はきっと、ずっと救われてきたのだ。
 この感情は、もはや依存かもしれない。執着かもしれない。けれど、私はもう、このひとを手放せない。

「……直江」
「ああ、今度はどうした? いや、わかったぞ。私に愛を語ってくれるのだな」
「…………、正解なの、逆に癪なこともあるな。やっぱり。うん。でも。
 好きだよ、直江」
「私も愛している!」

 だからずっと側に居てくれ。
 囁かれた言葉に、だからそれはこっちの台詞、と肩を竦めた。

ずっと二人に溺れたままだね

title by 金星 210116