精神が不安定になると前世の影響を受けやすい。
私にそう言った人こそが、直江だった。
「……名前、……、名前」
「うん、居るよ。私はちゃんと居るから、直江」
「…………、すまない」
「だいじょーぶ」
今日、直江は浮かない顔で帰って来た。ぱっと見では「あれは不義だ、なんたる……」と憤慨しているような表情だったから、きっと直江に近しい人間でなければ「浮かない顔」だと言えなかったと思う。とにかく、そんな顔だった。
直江は仕事の詳細について、常に黙秘している。それはもう、色や酒で情報を聞き出そうとする不義の輩が居たとしても、徒労で終わらせることが出来そうなぐらいに。
だから、「仕事で何かあったんだろうな」と思っても、愚痴を聞いてやれるわけではない。そもそも直江は私に甘えてくるようなたちじゃない。べたべた触ってくるけれど、直江にとっては「可愛がっている」だか「大事にしている」だかにカウントされているはずだ。実際、間違ってはいないし、直江自身の意識的な認識が違っても、無意識下では少なからず癒されてくれているのではないかと思っている。そんな顔をしてくれるのだ。私の心配が伝わってしまっても、嬉しそうに受け取ってくれるし、彼が甘えてくれないことはあまり気にしていない。それに、直江がつらいのはいやだけれど、いやで仕方なくなるほどのつらさを抱える彼の姿は、再会してから一度も見ていなかった。
それを覆されたのが、今日だ。なんだかちょっと見ていて安心出来ない様相だな、と思っていたけれど、その勘は当たった。
夜になり、身を寄せ合い目を閉じて、どれくらいか経った頃。
呻き声に、起こされた。
「……傍に居るよ、直江。私はずっと傍に居るからな……」
「わかっ、て、いる。わかっている、のだ、……そのはず、……」
「うん、わかってるよ。だいじょうぶ」
どうも、夢見が悪かったようだ。額に脂汗を浮かべ、眉間に皺を寄せ、苦しそうに何かを呟く直江の姿は、実に心臓に悪かった。反射的に彼の身体を揺り動かすと、ゆっくり瞼が持ち上げられて、私のことを捉えてくれた。私が彼を抱き締めるのと、彼が私に手を伸ばすのとは、ほぼほぼ同時だったように思う。
それから、しばらくこうしている。直江がよく私にしてくれるように、胸元のあたりに顔を寄せさせて、ずっと頭を撫でてやっている。たまに直江が手を彷徨わせるから、そのときは気が済むまで指を絡めて、直江の手が外れたら、また頭を撫でる。
「……名前」
「うん」
私の名を呼ぶ声はうわ言じみているけれど、最初よりは呼吸も涙も落ち着いてきていた。どちらかと言うと、そろそろ離れどきを探らねばと思っているようにも見える。……私も甘く見られたものだ。まだ落ち着ききっていないくせに。
直江の頭を抱き込んで、背中にも手を伸ばす。少し大変な体勢も物ともせずに、背中をさする。しまった、とでも言いたげに息を呑まれた。直江がどんな風にされると弱いのか、大概知っている。直江が私の宥め方を知っているのと同じように。察しの良い彼とそうではない私とで差はあっても、知っているのと知っていないのとでは違うに決まっている。
絶対離してやるもんか。
title by エナメル 180419