政宗にとって、兼続が気に食わない理由はいくらでもある。
 その中のひとつはもちろん、妹分の恋人になったことだ。
 兼続と交流を深めてみろと言ったのは、確かに自分である。しかし、そうだとしても、そうなるまでの過程を辿らせてしまったことが悔しかった。
 今も、画面の向こうでふんぞり返る男に問いかけたくなる。
 ──貴様は、名前を憐れんだのだな、と。

「何をしかめっ面をしている、政宗」
「ふん、分かっているじゃろうが」

 兼続にそう返しながら、いいや、ほんとうは分かっていない、という言葉を口の中に収める。
 言ってやりたかった。
 名前は、お前に出会うことがなくても、生きていけたのだと。なにせ、彼/彼女/名前には自分がついていた。誰にも心を開かず、どこにも根付かず、放浪を続けていたとしても、名前にはそれを自然体とできる素養があった。特定の地に長く居すぎたためにああなっただけで、あの根無し草のような生き方は、彼/彼女/名前に向いていた。それは決して、哀れまれるような姿ではなかった。
 そして、たとえ彼/彼女/名前が人を知らぬ弱い子供のままでも、自分が日本を治めた暁には少しずつその手を引いて、彼/彼女/名前の望んだ、平和な新しい世を見せてやるはずだった。結局天下を取ることは出来なかったが、同じことだ。自らが治める場所で、ゆっくり彼/彼女/名前を癒しきってやれた。
 だというのに、兼続は「可哀想」だと名前を哀れんだのだ。何が彼/彼女/名前の幸せなのかも知らぬまま、彼/彼女/名前があのままでも生きていられたことなど考えず、ただ、自分の価値観で、哀れむべき人間だと判断した。過激なまでに自らの思想へ従う様は、兼続のいつもの姿ではあるし、これもまた政宗が彼を気に食わないと思う理由のひとつである。
 兼続は、傲慢なのだ。名前の一件では、やはりそう思い知らされざるを得ない。
 そのやり方に染まってしまった名前も名前だが、まあ、自分も名前への接し方を失敗したかもしれないとは思う。名前は馬鹿なのだから、もっと分かりやすく、情などという馬鹿らしいものを示してやれば良かったかもしれない。
 ……そう考えても、後の祭りだ。

「兼続。貴様は一生責任を取らねばならぬぞ」
「何を今更なことを言う。私はずっとそのつもりだ。
 お前こそ、式での祝辞は考えておけ」
「減らず口を。貴様は礼を述べる方であろうが」

 ああ、こうして、名前を兼続に託すことを前提にしている自分が憎らしい。傲慢なきっかけで、その傲慢さに陥落してしまう彼/彼女/名前を見過ごしていた自分も憎らしい。
 今は最早、これからの彼/彼女/名前が、この男に幸福にしてもらえることを祈るしかない。

神とは名の知れた呪いである

title by 金星 180410