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 「今日も愛に溢れた昼食、ありがとう!」から始まったメールは、エクスクラメーションマークでいっぱいだった。文面でさえ煩いのがあいつらしいよな、と呆れ半分微笑ましさ半分で眺める。

「……しまりのない顔をしおって」
「いやー、つい」

 政宗の忌々しげな声が愉快で、つい笑ってしまった。東京から遥々こちらに来たのに、しまりのない顔とやらを見せられてしまった政宗には、申し訳ないと思っている。小指の先ぐらい。
 遠慮もせず、そのままメールの返信を打ち始めた。「今日もお褒めの言葉ありがとう、味わって食べて」以下略。私の言葉にしては素直だけれど、文章ならこんなものだ。文字を介せば正直になりやすい、という私の性分のことを直江が知ったのは恋仲になったあとで、もっと早く知りたかった、と悔しげにしていたのをよく思い出す。付き合いだしてから3年目に突入した今でも、鮮明な記憶だ。
 4行ほどの、それなりの長さの文──真面目に書かないと直江は抗議してくる──を入力し終え、すぐに送信する。手紙の推敲をしないのは、完全に定着してしまっているな。
 一応スマートフォンを見ることを断ったとはいえ、話している最中だった政宗を数分待たせてしまったのには違いない。さっと謝罪して、前に座る彼に向き直る。コーヒーショップの店内を背景に、しかめっ面が目に入った。

「……今のは、例のアレか?」
「例のアレですね」

 問いに首肯する。アレ、という言葉だけでも意味するところは伝わった。
 今日、政宗と会ってすぐに話題に上がったのだ。今日は外出するから、直江の昼ご飯は作って置いておいた、と。こういうのは別に珍しいことではない。直江が仕事に行くときは、弁当を作って持たせるし。今までは度々だったけれど、今年に入ってからは頻度は大幅に高くなった。今生では昔ほど早起きをしなかったから慣れていなくて辛いものの、料理を作ること自体は何があろうと前からの趣味のままだし、何より。

「毎度メールしてくんの、ほんとマメだよな。朝もわあわあ騒ぐのに」

 直江の、昼ご飯を見たときの嬉しそうな顔。毎度届くハッピーなメール。帰ったあとのはしゃいだ感想。最初はとても恥ずかしかったし、まだ気恥ずかしさは抜けないものの、これだけあればお釣りが出るくらいだ。政宗を師匠とし、政宗のように冒険もしない料理の腕が、こんなに役立つときがくるとは思わなかった。もてなしを大事にする師匠とは違って、私のはストレス発散という非常に個人的な意味合いが強いものだったから。
 政宗は、目の前のカップに入っているブラックコーヒーを飲んでもいないのに、苦そうな顔をした。

「……名前、貴様、兼続のこと好きすぎではないのか」

 スコーンを取ろうとした手が止まった。

「な、何を今更なことを……」
「馬鹿め! 分かっておるわ! それでも言わずにはおれんほどなのじゃ、貴様のそれは!」

 政宗の顔は真っ赤だった。相変わらず、意外と照れ屋さんなところがある奴である。……照れ屋な、照れ屋。なにが照れ屋さんだ、直江の言い回しうつってないか。……いやじゃないけどさあ。
 今度こそスコーンを取って、力強く噛み締める。ほろほろと崩れるふんわりバターの生地と、砕けるチョコチップの舌触りに意識を傾けた。
 その甘さにやられたのかもしれない。最後の一欠けを飲み込んだあと、

「まあ、褒め言葉だよな。直江も大概私のこと好きだけど」

 なんかすごい言葉が口から出た。言ってから、えっなにそれ、となる。政宗も、ぽかんとしていた。
 幾許かののち、それが閉じられる。口角は、随分下げられていた。
 政宗は、喜んで良いのか悪いのか悩むときの私のような調子で、

「随分変わったな。一昨年までは綺麗だの穢いだのうじうじ悩み続けておったわりに」
「まーね。……あー、多分、付き合いだした日の話してないよね」
「聞くものでもないからな」
「うん、そう言うと思って言わなかったんだ。
 でも言っちゃうとさー、あいつ、あのとき私のこと『宝物』って言ったんだよね」

 ふう、と息を吐く。政宗を見やると、既に察しがついたらしい顔をしていた。
 けれどなお答え合わせを求められているようなので、話し続ける。

「比喩表現、……上杉の民に対して言ってたみたいな比喩表現、それならそれまでなんだけど、あれは違うトーンだった。直江、本気でそう思ってたんだ、『宝物』って。
 で、『友』が並び立ちながら守りたい対象だとしたら、『宝物』は大事に保管して守りたいものなわけ。もの。しかも、私だけの、とか言いやがった。
 まあ、つまるところ所有欲とか支配欲とか、上から目線で強者気取りで傲慢な理由だよね」
「……」

 政宗は、眉をひそめて私を見ている。

「それに気付いて、ああそっか、そうだそうだ、こいつ馬鹿なんだった、って。
 根が純粋で善意は本物だからとか思ってたけど、自分本位なのにはまったく変わりないな、って」
「……つまり」
「直江、別に綺麗じゃなかった!」
「この!! 馬鹿め!!」

 竜が吠えた。だよね。そういう反応するよね。
 もしここが外でなければ、政宗はテーブルに拳を叩きつけていたかもしれない。そう思えるぐらいに身体を震わせているのを、ちょっと遠巻きに見ていた。
 彼から、怒りのオーラは感じない。どちらかと言えば、失意に近そうだった。
 そうっと尋ねてみる。

「政宗、気付いてたんだね。私が、私も自分本位に、直江のことフィルターかけて見てたの」
「……気付かぬわけがあるか。わしが指摘したところで貴様が聞かぬであろうこともな」
「う、うん。本人から聞かないと納得しなかったろうね」

 忌々しげな声で答えられて、多少しどろもどろになった。私、政宗をうんざりさせてばっかりだな。手元のアイスココアのコップをゆらゆら回す。
 政宗はテーブルに肘をついて、額を抑えた。

「……兼続もこのように育てられたのかも知れんと思うと……」
「え、なんでそこで直江」
「……いや、兼続のせいなのか……?」

 不明瞭な言葉に首を傾げる。直江に影響を受けているという話ではありそうだけれど。
 ひとしきり呻くと落ち着いたのか、政宗は顔を上げた。

「このわしに随分世話を焼かせるとはな。はなはだすさまじい娘よ、貴様は」
「滅相もない」
「……名前」

 頭を下げる。と、妙に改まった様子で、でも、薄皮の向こうに柔らかさを隠した音で、名前を呼ばれた。
 私を見据える灰茶の熱は、どこかで見たのよりも安らかだ。

「幸せか」
「……うん。幸せだよ。すごく」

 迷いはなかった。ただ息を吸って、吐く、呼吸のように、そう答えた。
 政宗の返事も、「そうか」と、それだけ。何も言うことはない、という風に。
 妙に気恥ずかしくなって、頬杖をつく。

「……政宗も、『大概』だよな」
「ふん」

 そっぽを向いた政宗には、照れた様子はなかった。


 この季節は、日が暮れるのが遅い。まだまだ明るいうちに、政宗と別れた。今日会うのが政宗であることは直江に伝えたものの、それでも他の男と2人で遅くまで一緒に居るのは不義扱いらしく。政宗くらいお目溢しいただきたいが、喋るだけが目的ならスカイプで十分なので、ねばってまで撤回を求める必要もないだろう。
 迎えに行くから待っていろ、と直江に伝えられた場所で、時間つぶしにスマートフォンをいじる。過保護かもしれないけれど、あいつにはもう昔から心配されてばかりだし、奴の好意は大体受け取ることに決めてさえいた。お互い自己中だから、食い違うこともたまにあるものの、そうでなければ。

「名前ー!!」
「や、直江」

 何は扨措き、私を見つけると嬉しそうに駆け寄ってくる直江は、好きなものだ。
 上手く人を避けつつ、直江は人の出来得るかぎりの最速であろうやり方で、私の前まで来る。私を見下ろす瞳は、きらきら輝いていた。

「待たせてしまってすまない、ひとりで寂しかっただろう」
「それ相応に」
「うむ、そうだろうそうだろう。だがもう大丈夫だぞ、私が居るからな! では帰ろう!」

 勝手に解釈できる言葉を返すと、直江は案の定勝手に解釈して、すぐさま私の手をとる。慌ただしいやつ。でも、そういうところに胸の内をあたたかくされてしまうから、私は相当彼に影響されているのだ。早く来ないかな、と思わなかったわけではないし。
 直江の手をぎゅっと握り返す。笑みが零された。その顔が、たまらなくなるんだよなあ。

「今日の夕飯はな、アジが上手く焼けたのだ」
「焦がさなかったのか」
「焦がさなかった!」

 よっぽど言いたいことだったのか、その場で胸を張って、直江は成長を語った。今日の夕飯のように、直江もしばしば料理をしてくれるけれど、初心者らしく失敗も少なくない。それでも先人の知恵だからとか、一方に負担をかけてはいけないからとか、色々考えて学んでくれる。困ったところもある反面、この真面目さと優しさは美徳だろう。

「じゃあ、楽しみにしてる」
「よし、ではさっそく帰ろう! 我が家へ!」

 クラークばりに空を指さして、直江は笑った。太陽に目線を誘導するのは、眩しいからやめてほしい。

輪郭がぼやける恍惚

title by afaik 170709