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 あの日の晩、LINEにこんなメッセージが届いた。

「お前が思い出を美化しているだけだと言うのなら、お前が納得するまで付き合おう」

 初っ端から自分の正しさを誇示するような言い方に、安心しなかった、と言ったら嘘になる。
 それが何故かは考えたくないけれど。
 そんなこんなで、何度か会ったり、頻繁に電話もメールもLINEもやりとりしたりしている。
 でも、私の胸の奥からは、突っかかっているものが消えない。
 私、どうしたら良いんだろう。


「……どう思う?」
「貴様……。呆れて物も言えぬわ……」
「馬鹿めも?」
「馬鹿めもじゃ、……って何を言わせておる馬鹿め!」

 あ、言った。
 スカイプ越しの政宗が噛み付いてくるのを、特に動揺するでもなく聞いていた。牙を剥き出しにしているだけで、実際は甘噛みと同じだ。
 付き合いの長さというのはすごいもので、画面越しに久しぶりの顔を突き合わせた政宗は、すぐに「何があった」と聞いてきた。なんでも、直江に再会したというのを書いたもの以降、私の手紙は筆跡と内容がしめっぽくなって気持ち悪かったらしい。筆跡はともかく、内容は大したことを書いていないはずなのに、不思議だ。

「まったく。貴様の察しの悪さにはほとほと呆れておったが」

 政宗がお手本のようなあきれ顔で溜め息を吐く。私より多くのことに気付く政宗が、今度は何に気付いたというのか。
 首を傾げると、政宗はうんざりした様子で、

「兼続が貴様に惚れていたことじゃ」

 ごん、と額から音がした。机に勢い良く突っ伏しすぎた。

「……それさあ、マジなの?」

 「外から見て分かるものだったの」と「あいつが私に惚れてたって本当なの」、ふたつの意味を込めて問う。声は虚脱しきっていた。
 政宗の無慈悲な「ああ」に、尚更肩を落とす。億劫ながら、なんとか顔を上げた。

「何故言わなかったのかと責めようが聞かぬぞ。わしもそこまで面倒は見切れん」
「うん、分かってる」

 わずかな気力で、政宗の嘘に気付かないふりをする。政宗は、あえて言わなかったのに違いなかった。だって、かつての私がその事実を知ったら、きっと直江の傍を離れていたし、その心配が無くなる程度に精神を成熟させた頃は、もう恋だのなんだの言っていられるような年齢でもなくなっていた。「兼続にも言っておけ」にも頷く。
 それを見届けたところで、政宗は居住まいを正した。私も座り直す。正座とかではなく、もうやっつけな胡坐。

「これは自覚しているじゃろうが」
「うん」
「貴様、肉体年齢に引っ張られておるな」
「……だよねえ」

 額に手を当てる。肺の中身を全て出しきるぐらいに息を吐くと、ただでさえ力の抜けていた身体はぺしゃんこに崩れてしましそうになった。
 流石の私でも、この事実には気付いている。伊達に1回生きてはいない。
 悩んでいる悩んでいるとは言うけれど何に悩んでいるかが不明瞭だ、と思った瞬間には、すぐに辿り着いた。
 また、曖昧な概念に振り回されているだけだと。 

「うん……、うん。世界なんて関係ない、世界なんて関係ないんだよね……。
 私たちがどうしたいかのはずなんだ……」

 歌のフレーズは記憶にあるのに曲名が出てこないようなもどかしさ。剥がそうとしたセロハンテープが裂けて残ってしまったような苛立ち。自分の面倒臭さに辟易する。政宗によって気付かされたはずの身勝手な当惑は、呪いのようなしつこさで私の中に巣食っていた。
 ──穢い自分が、綺麗なあいつの傍に居ることを、世界は許してくれるのか、なんて。
 ……でも。とはいえ。

「とはいえ、実際問題、私じゃ直江のこと幸せに出来なくない?」
「………………は?」
「え?」

 間。たっぷりの時間をとって、政宗は大きく口を開けてみせた。何を言っているのかまったく理解できない、といった反応を、私もまったく理解できなくて聞き返す。

「……貴様、この期に及んで、それは本気か?」
「ほ、本気だけど……」
「兼続に感謝の言葉のみっつやよっつやいつつ言われなかったのか。関ヶ原の後のことについて」
「い、言われたけど……」
「なら何故その結論に至る!!」

 政宗が頭を抱えてのけぞった。リアクション芸人ばりの動作に、思わず肩を跳ねさせてしまう。

「貴様は……。貴様はまったく……」

 政宗はもう言葉も発せないというレベルのようで、椅子の背もたれにぐったりと寄りかかっていた。私も言葉に困って、政宗の気力が回復するまでひたすら待つ。
 何分かしてやっと整理がついたらしい政宗は、ほうほうのていで画面に向き直った。

「兼続の『友』は、そこまで問題か」
「…………うん」

 今の数分で、私の思考回路に大体あたりをつけてしまうのだから、政宗はすごい。と言ったら、分かりやすいのだと言われるかもしれなかった。実際言われたことが何度もある。
 私の肯定を聞いて苦虫を噛み潰したような顔になったような政宗は、片方だけの目で言葉を促してきた。
 今日のスカイプって私の尋問大会だったっけ。疑問になりながらも、観念して口を開く。

「直江の『友』に対する私の気持ちって言ったら、妬み、嫉み、羨しさ、とか。キレーなものはひとつも無い。まず、そういうところがあいつらと大違い。
 直江にとって命より大切であろうものを大切に出来ないのも、あいつには不快だろ。あいつの思想を、たかが私情で完全否定しているのと同じだ。ひいては、思想を大事に生きる直江の在り様の完全否定だ。
 私の、彼らへの悪感情を封じて誤魔化し誤魔化し直江の傍に居ても、……いつかガタが来る。私は前のときに散々耐え忍んできた。それを今の年齢でまた、ってなったら、確実に耐えられない。
 お互い、良いことなんて無いよ」

 要約すると、「嫉妬してしまうので無理です」だ。
 政宗は眉を寄せてそれを聞いたあと、自身の手元に視線をやった。スマホを手にして、何かいじっている。
 なんか、嫌な予感がした。

「政宗、何してるの」

 こわごわ、シャボン玉に触れるときの指先並みに注意をはらった声になる。政宗はこちらをチラッと見て、「メール」と一言答えた。珍しい、と面食らう。
 直筆の手紙をこよなく愛する政宗は、メールやチャット、デジタル媒体でのやりとりをあまり好いていない。今こうしてスカイプで話しているのも、メールをするくらいなら直接話す方が良い、という政宗の意向によるものだ。その政宗が?
 じろじろ見ていると、政宗がスマホを操作する手を止めた。

「わしは、こちらで幸村と会った」
「え」
「このままぐだぐだ悩んでおっても、ストレスが溜まるだけじゃ。
 ならいっそ、直接話してみよ。あやつが言うに、兼続は貴様を」

 予期せぬ言葉を、慌てて制す。

「い、いや待ってお前、それは流石に。突然それは。幸村殿も困るでしょ」
「人が良いゆえ気にせぬ。もう片方なら知らぬが」
「いやでもさ、でも。
 ……そこまで、そこまで面倒見なくて大丈夫だよ、政宗」

 政宗の私に対するそれ程では無いけれど、私だって、ほんの少しは、政宗が何を考えているか解ることがある。
 たとえば、政宗は、長谷堂の戦いについて1ミクロンくらい負い目を感じている節がある、とか。
 後悔している、とかではない。政宗はそんな軟弱ものじゃない。
 ただ、戦は起こらないから心配するなと言っていた直江が、「友」のために伊達と戦って、私はおこがましくもショックを受けてしまった。だから政宗は、私の「友」への悪感情に関しては、自分も要因として関わっていると思っている。
 そういうことなのだ、多分。政宗が急くのは。

「……ふん」

 政宗が、スマホを下ろす。こっそり胸を撫で下ろして、ありがとう、と頭を下げた。気にかけてくれること自体は有難い。気に病んでくれるのも、優しいやつだ、と再認識する。
 でも、違うと思うのだ。ここまで政宗に頼るのも。
 幸村殿と、話すのも。
 私が妬んでいるのは、単なる虚像。本人と直接会って、気に入らなくて、憎むようになったわけではない。
 だから、決着は、私の中の幻想とするべきものなんじゃないだろうか。
 いや、決着をつけるとまだ決めたわけでもないけれど。
 ……前向きには、考えてみようか。

救ったのだと君は知らない

title by afaik 170701