02

「邪魔するぞ! 今日も精が出るな!」
「……いらっしゃいませ」
「ああ、いらっしゃいませ、直江様。名前ちゃん、仕事はお休みにしなさい」
「……はい。ありがとうございます」

 ご機嫌な挨拶。顔が引き攣るのを堪えて、客人として来た直江殿を席に案内した。
 私は、村にしばらく滞在することになった。茶屋の主人に謝罪と御礼をし、何かお返しできることはないかと尋ねたら、「この店には働き手が居ないから、少しの間だけでもここで働いてくれ」と言われたのだ。そんなことで良いのなら、と有り難く思ったものである。
 が、困ったことがひとつ、いや、ふたつ。
 直江殿が、途轍もなく頻繁に来店するのだ。
 そして、そうすると主人は私に休憩を与え、直江殿と話をさせる。なぜそんなことをさせるのか分からないまま、たまに激情を抑え込むことに必死になりながら直江殿と話す日々が始まった。私は現在、一時的でも従業員である。客である直江殿につっかかるわけにもいかない。他の客の目もある。せいぜいが「苦手なのだな」と周りに思わせる程度だ。
 というわけで、今日も茶屋の片隅で、主人の出してくれた餅を食べながら、止まらない直江殿の語りを聞く羽目になるわけで。

「……それでだな、景勝様は素晴らしいお方なのだ……この前など……それから……」

 よくもまあ回る舌だ。話題だって尽きなければ、喉が枯れることもない。声も朗々と張りがあって、近くで話しているくせに声量が余分に溢れている。
 ああはいはい、主君がすごいのね、はいはい。でもお前の曇った目より自分の目を信用するから私。会ってみなければわからないからね。会ったことのない人を侮辱するつもりもないけど。
 やたら楽しげな声に、適当に頷いておく。
 すると直江殿は語りを止めた。なんだ? 今は別に私の反応を窺う話の流れじゃなかったよな? ぶつぎりだったよな?
 不思議に思ったことを悟られるのも癪で、黙って餅を食べながら直江殿の話が再開するのを待つ。
 そうしていると直江殿は顎に手を当てて、うんうん、と頷いた。

「名前は聞き上手だな!」

 聞き流してんだよ。ほんとうは滅茶苦茶苛々してるよ。随分と都合の良い頭をしていらっしゃるようで。
 口に出さず、表情にも出さずに吐き捨てる。私の脳内など理解していない直江殿は、満足そうに私を見ていた。

「だが、私は名前の話も聞きたいな」
「……私の?」

 本気かよ、面倒だな。
 しかし振られた以上、何か話してやらないといけないだろう。何を話したら良いものか。
 あまりやる気もないので、特に良い話題も浮かんでこない。
 見かねたのか、直江殿が人差し指を立てて提案してきた。

「名前は旅をしているのだろう。他の土地の話など無いか?」
「他の土地……?」

 それは情報収集の類では、……無い気がするな。なんとなく。もしそうだとしても、伊達領のあたりは地理だのを細かく話さなければ良いわけだし。
 何より、それよりも、私は。

「覚えてないです」
「覚えてない? そんなはずはないだろう」
「いえ、覚えてないです。記憶が曖昧と言っても良いかと。色んなところを巡っているので、色々と混同していたりしますし」
「ふむ……」

 直江殿は考える仕草を見せた。……どうしてこんなことを言うかなんて、この人には分かるまい。結局元の格好に戻ってしまったのがその証拠だ。
 ただ、それでもめげないのが直江兼続という人らしい。また口を開いた。

「それなら、今の話をしよう。ここでの生活はどうだ? 不自由は無いか? 楽しいか?」

 口元と目元に笑みを宿して、直江殿は私を見つめる。
 ──一瞬、分かってしまったのかと思った。
 けれど、そんなわけがあるまい、と小さく息を吐く。

「不自由なんてありませんよ」

 答えると、直江殿は笑い声をあげた。

「そうか、楽しいか! それは良かった!」
「い、……」
「上杉の民は義と愛の民だし、私は義戦士だ。何かあれば頼るのだぞ。きっと力になろう」
「…………」

 まだ言うかこいつ。人の言葉を改変した挙句、またそんなことを抜かすか。
 村人たちが周りに居る手前、彼に改変するなと言うことも出来ない。私はもう言葉を発さない方が良い気がしてきた。こいつの勢いに巻き込まれるのはうんざりだ。
 餅をやや大きめに一口食べる。咀嚼はゆっくりと。
 ……同じように餅を食べる直江殿の、しつこく向けてくる視線が鬱陶しい。

「この茶屋の餅は美味いな」
「……」
「上杉の民たちが汗水たらし愛を込めて作ってくれた米を、これまた熱心についてくれるのだ。美味くないわけがないがな」
「……」

 まあ、美味しいのは同意する。兄貴分は料理好きで、その影響を受けた私も料理は趣味だ。美味しいものを識別する舌を持っているとは思う。
 首だけで同意すると、直江殿はちょっとだけ目を見開いたのち満足そうに笑んだ。
 ……ほんとうによく笑うなこの人。楽しそうで良かったですよ。確かにあなたみたいなものの見方をする人は楽しく生きられそうですよね。
 悪態は心の中でだけ。餅を食べることだけに意識を向ける。
 ……せっかく美味しいものを食べているのに力が抜けない。早く帰ってくれないかな、この人。

じきに運命が追いつくから

title by afaik 170419