今からふるふる
──数週間後の、ある晩。
ばたばたばた、と、扉向こうの職員男子寮廊下を走る音がした。次いで、ごんごんごん、遠慮無しに自室のドアを叩かれる。仕事を一通り片付け、ようやくベッドに転がったところだというのに。何か急用だろうかと起き上がる。
「名字先生が! サポートキャラにレベルマ氷将軍置いてる!」
「は!!??」
扉越しの声に、ス魔ホを取ってドアまで大股で。勢いのままにドアノブを回すと、ムルムル先生が立っていた。
「オリアス先生、フレンドに欲しいって言ってましたよね!? 今来てるんでフレ交換しましょう!」
拳を握るムルムル先生のもう片手には、俺と同じくス魔ホがあった。ちらりと見えた画面には、俺もプレイしているゲームが表示されているようだ。
彼の言う通り、とあるキャラクターを所持しているフレンドを、俺は欲していた。期間限定ガチャが続き、多くのプレイヤーの軍資金が尽きた中、これまた期間限定で登場した、万能ではないがピンポイントなところで活躍するキャラ。
このガチャに「占星」を使うのは気に食わず、俺は入手できなかった。そして、ムルムル先生ほか引けなかった身近なプレイヤーと共に、持っていないからフレンドから拝借したいと常々言っていたのだ。
ムルムル先生と並び、足早に廊下を歩く。
博物塔からほとんど出ないはずの名字先生が、なぜ職員寮に来ているのか、なぜゲームの件に至ったのかは、道すがら聞くこととなった。
それは遡ること、数十分前。
「すみません。ムルムル先生は」
「あ、名前先生。資料ですか?」
「はい。呼んでもらえますか」
職員男子寮を尋ねてきた名字先生に応対したのは、ちょうど玄関近くに居たイフリート先生だという。彼は名字先生の要件を聞き、ムルムル先生ならリビングで他の教師とゲームをしているところだからと、名字先生を寮内に入れたらしい。
「あれ、名字先生!?」
「長くなるかもしれないのに、玄関はちょっとね」
「え? あ、そっか。なるほど。名字先生、わざわざ寮までありがとうございます」
「いいえ、私がはやくお伝えしたかっただけですので。で、昼に申請されたものなんですけど──」
そこからは仕事の話。名字先生が持ってきた書類を受け取ったり質問をしたり、ここは割愛。
それを終えたあと、名字先生はふと、リビングのテレビに目をやった。他の教師たちが再開させていた、ゲーム画面だった。
魔界の歴史を元にしたシリーズの、6作目。
気付いたイフリート先生が、何の気なしに聞いた。
「こういうの、興味あります?」
名字先生は画面をじっと見つめながら答えた。
「……私が、この仕事を志したきっかけです」
数秒後、「え!?」の声が重なったという。
「──名字先生の親が1作目からグラフィッカーやってたから、小さい頃に遊んだんだって。んで、『推しの使った魔具がバビルスの博物塔に!? じゃあそこで働く!』ってなったらしくて」
「趣味が高じすぎてる……」
「欲」に生きる悪魔としては珍しくもないが、バビルス博物塔管理者の席は一枠だ。とてつもない欲の深さだな、と背筋がざわついた。
「そんで他にもゲームの話したわけ」
リビングのドアを開きながら、ムルムル先生が言った。扉向こうで、見知らぬ悪魔が他の教師数人に囲まれている。それが名字先生だとは、状況から知れた。イフリート先生は、名字先生の半歩後ろに立っている。気にかけるような立ち位置に、そういえば、彼の仕事上、名字先生と関わる機会が多いんだったな、と考える。
俺はといえば、これが名字先生との初対面だ。ゲームの話になってつい出て来てしまったが、オフの格好で初の顔合わせというのが若干気まずくて、フードに手をやる。
「名字先生! オリアス先生連れて来たので、フレ交換お願いします!」
「ああ、はい」
それを頭に被る間も無く、名字先生がこちらを向いた。