きっかけまで思考の旅

「博物塔管理者の?」
「そうそう! 教職員としてはオリアス先生の2年先輩になるね」

 俺がバビルス教師になって少しした頃の、職員室でのことだ。ダリ先生から、名字先生という悪魔のことを聞いた。
 バビルスは歴史ある学校で、当然のように由緒正しい物品が山ほどある。そのうち、特に室内で保管できるものは、博物塔で管理されている。教員や生徒なら、許可をとれば観覧することも可能。
 それは有名な話だったが、もうひとつ、この2年で噂になっていたことがあった。

「……聞いたことはありましたけど。今の管理者が若いっていうの」
「まあね。でも甘く見たら大変だよ~! 博物塔を馬鹿にした生徒が呪いかけられて、角っ柱ボキボキにされてたから!」
「へえ……」
「過去の文献や魔具の情報が欲しいときには必ずお世話になるから、今度機会があったら挨拶しちゃおう。本人も出不精だから、偶然会ったときでいいよ」

 俺は頷きつつ、当の悪魔について、少しばかり考えていた。
 ──博物塔を護る悪魔は、死ぬまでその役職を離れられない。博物塔は所蔵品を護るための籠城戦すら考えられており、管理者はそこに住まうこととなる。由緒正しいバビルス所蔵の貴重品は、危険性や機密性の高い魔具も少なくないからだ。魔王デルキラ様に関する物品の殆どは王の教室ごと封印されているが、王の教室自体の管理の一端も任されることになる。
 そのうえ、管理者が持つ博物塔の鍵は魔具で、所有者しか使用することができず、死ぬまで譲渡できない。
 前代管理者が不治の病に倒れたとき、この重要な役職を継ぐ悪魔は誰か、少しばかり話題になっていた。俺はそこまで興味があるわけでもなかったが、噂とは耳に入ってくるもの。前代管理者は、自ら指導したたったひとりの弟子を後継に指名したこと、件の弟子が俺の1歳年下であるということは、半信半疑ながらも知っていた。
 興味を持った者たちのほとんどが新しい管理者の実力を疑う声を上げていたのは、さすがに辟易した。好意的な意見でも、今はカルエゴ卿やバラム先生、警備担当教師も居るから大丈夫だろう、といったものぐらいだ。しかし俺とて、若すぎるなと思わずにいたわけでもなかった。当人を知らずにあれこれ言うのは、道理にかなわないが。
 だが、この2年、名前先生とやら──「管理者って立場としては職員なんだけど、教師や生徒が教わることも多かったり、昔は教師が兼任したりしてたからさ。代々管理者も『先生』って呼んでるんだよ! 教師とはまた別の、愛称みたいなものかな?」──は、ダリ先生の信を得るだけの成果を出しているらしい。
 ともかく、所蔵品には興味がある。博物塔には、生徒は入れないが教師ならば、という領域が広く存在するのだ。仕事が落ち着いたら向かうことにしよう。
 俺はそう考えていた。