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生あたたかい視線は、居心地が悪かった。
しかしそれを否定するのも気が咎めるから、意識の外から外すだけにする。誰も居ない虚空の廊下を見つめた。
が、それでも上手くいかないもので。
「あの、名前さん、最近ベオウルフさんと仲が良いんですね」
「……そう。そう見えるの」
マシュ・キリエライトは無垢の瞳を煌めかせて、私を見つめた。
この子も、昔より感情豊かになったものだ。マスターがああだから当然だろうが。
頭の端で考えてから、それとこれとは関係ない、と言われた言葉について思考を巡らせ直す。思考分割でも出来れば良いのだけれど、あいにく私の分野では無い。
で、肝心の、「最近ベオウルフさんと仲が良い」。
どうも、マシュ・キリエライトに限らず、色々な人間や英霊にこれを思われているらしかった。
私としては、断固否定する。
「仲が良いわけじゃない。ベオウルフがよくマイルームに来るだけ」
「でも、それって、仲が良いってことではないんでしょうか」
「違うよ」
首を横に振った。
返答の案を見繕いながら、どうして初めてこの質問を直接してきたのがマシュ・キリエライトなのかと心の中で嘆息する。これほど言いにくい相手も無いだろうに。
彼女が対象だと、妙に「人間」ぶりたくなって、いけない。
もう一度首を横に振って、マシュ・キリエライトをじっとりと見据えた。
「あのね、私とベオウルフは『魔術師』と『使い魔』なの。仲が良いも悪いもない」
「あ……」
紫水晶の表面が傷ついて、光が乱反射する。それがまるで人間のようで、私はわざとらしく息を吐いてみせた。その白い肩が僅かに震える。
「まァ、『俺たち』はそうだってことだな」
「ベオウルフさん!」
「……ベオウルフ」
唐突に背後から聞こえた声。今度こそ本気の溜め息を吐いて振り返ると、原因たる張本人が立っていた。彼の手が、私の肩に置かれる。なんのつもり、と聞く前に、ベオウルフが言った。
「ちょっくらうちのマスターに用があるんでな、良いか? マシュ」
「あ、は、はい! 引き留めてしまってすみません」
「いいや、気にすんな。よし、じゃあ行くぞマスター」
「なに、ちょっと」
ベオウルフが私の肩を引いて、どこかへ行こうとする。その強引さを咎めようとして、途中でやめた。
存外、気の利くサーヴァントだ。
代わりにそう認識を改め、マイルームに連れられる道筋を踏みしめる。少ししたところで、私の前を歩いていたベオウルフが歩調を変えて隣に来た。いくらか得意げな様子で、ベオウルフは笑む。
「嬢ちゃんの相手、早いとこやめたかったんだろ」
ぴく、と頬が主張する。たったそれだけの指摘なのに、なぜか足元がぐらりと傾きそうになった。肋骨の奥が軋む。
それなのに、ベオウルフは、続けた。
「『世間話をしている暇があるなら仕事をする』。
そういうスタンスだろ、うちのマスターさんは」
揺れが止まった。
細い糸をきつくきつく巻かれたようだった心臓からはそれが解かれて、肩から力が抜ける。
「……分かってるじゃん」
「俺はおまえさんのサーヴァントなんでな。マスターのことぐらい、すこしはわかってるさ」
「そう」
殊の外マトモな返答だ。自然と足が早まる。このぐらい、戦闘外でも使えるサーヴァントでい続けてくれたらありがたいものだ。