01
人類史を護る。
与えられたグランドオーダーは、成る程、魔術師の大家の当主たる私には相応しい重さだった。
政敵のせいで第2陣のマスターとして追いやられたのは、人間万事と言うべきか。おかげで配置は管制室からやや離れた場所、怪我は持ち合わせの礼装、医療班の医療魔術でなんとか耐え凌ぐことが出来た。
そうして、結果、生き残りのマスター適正保持者に課せられた使命。それを果たすため、私は何度目かのサーヴァントの召喚に臨んでいた。
目を閉じた暗闇の中、瞼の裏に描かれた扉を開ける。路が開く。堰き止められていた魔力が、身体中に巡る回路を走り始めた。異物を体内に流す違和感にはもう慣れきっている。
青白い光の奔流。
──来た!
大きな予感に前を見据える。この感覚は間違いない。相当霊格の高い英霊だ。
──これなら、きっと。
湧いた期待は慢心だ。雑念を振り払うべく魔術回路に意識を集中する。光が一際強くなる。荒れ狂うマナが暴れだす。
強い光の柱。目を焼かれぬよう、大気の流れに押しやられぬよう、腕で光を遮って足を踏みしめる。
光が収束する。
見上げるほどの長身。筋骨隆々とした体躯。古傷だらけの肌。両手を枷のように繋ぐ巨大な剣。
「サーヴァント、バーサーカー。真名ベオウルフ。召喚に応じ参上した」
空気をいくらかスローペースで、しかし低く強く震わせる声。赤褐色の瞳が私をじろりと見下ろした。
──ベオウルフ。
あまりにも有名な北欧の大英雄。多くの魔物や吸血種を数多くの名剣で、何よりも拳で、打ち倒してきた圧倒的強者。
──ああ、やっぱり、これなら。
胸の内にぞわぞわと這い上がってくるものを飲み込んで、そのサーヴァントを睨み上げる。
「私は名前。これからあなたのマスターです」
「なんだ、堅っ苦しいな。まあ、よろしく頼むぜ」
バーサーカーにしては言葉が流暢だ。会話が出来ているように見えて出来ていない、なんてこともないらしい。不審に思ってステータスを覗いてみれば、きちんとバーサーカーの文字が見える。同時に、狂化ランクが著しく低いのが確認できた。
「あなた、あまり狂化されていないんだね」
「ああ、俺はそういう英霊だ。バーサーカーの語源がどうのこうのってな。不満かい?」
「ううん、納得しただけ」
確かにそういう話はあった。納得して頷く。
本来の聖杯戦争において、狂化は弱い英霊の補助のために用意されたものだ。理性を失う代償に強力な力を手に入れることを狙いとして。
──でも、この英霊なら。
ベオウルフほどであれば、そんなものは不必要だろう。むしろ意思疎通が可能な方が好都合。理性なく本能のままに暴れられては魔力の無駄だ。
「私たちはもたもた出来ない。早いうちに、あなたの力量を試しに行くから」
「そりゃあ良い。骨のあるやつを頼むぜ」
「ワイバーンとか?」
「……そいつは嫌な話だ。戦うのがってわけじゃねえが」
──ふうん。
眉を下げたベオウルフに、やや裏切られたような気持ちになる。弁解するような言葉に肩を竦めた。
「まあいい。正した後の特異点には竜種がいるとは思えないし」
「なんだ、冗談の類かよ」
やれやれ、といった風にされる。それを横目で流して、私は先日攻略したオルレアン……ではなく、模擬戦闘の設定について考えた。ワイバーンを大量に、いっそ大型ドラゴンも追加して、それから、など色々と。私は何も、特異点で腕試しするなんて言っていない。
考えるだけなのも時間の無駄だから、ベオウルフにカルデア内の簡単な案内をすることにする。こっち、と手招きすると、ベオウルフは反論なく従って、私の後を着いてくる姿勢をとった。やはり意思疎通が出来るのはメリットである。
「マスター」
「何?」
出入り口へ踵を返そうとした矢先、声を掛けられた。頭だけで振り向く。
ベオウルフは獰猛に笑った。それは楽しそうな顔だった。
「どんな敵でも任せな」
──……、そう。
ベオウルフの強さは高名だ。それに恥じない実力もプライドもあるのだろう。ベオウルフの自信満々な宣言を聞き遂げて、私はまた前に向き直った。
「大英雄の力、見せてみてよ」
挑発は振り返らずに。
次の瞬間にはベオウルフの威勢の良い笑い声が背中にぶつかって、それに押されるみたいに部屋を出た。