02

 結論から言って。
 ──ベオウルフは、強かった。
 模擬戦闘で現れたワイバーンたちに最初は眉を上げたものの、次の瞬間には後ろの私に「イイ趣味してやがる」とのたまうだけで、私の指示を待ちだした。嫌そうではあったけれど、次々とワイバーンを狩っていったベオウルフは、まさしく。
 まさしく、「大英雄」だった。


 コーヒーの香りが鼻を掠める。鍋をコンロから取り上げて、沸騰するまで温めた牛乳をカップに注いだ。先に満ちていた黒色に白色が混ざり合って、渦を巻いていく。マーブル模様。普段はカフェオレなんて飲まないけれど、……まあ、気まぐれだ。

「……ああ、コーヒーの良い香りがすると思ったら」
「Dr.ロマン。休憩ですか?」
「うん。名前さんは?」
「ただ飲みたくなっただけですよ。部屋にも簡易キッチンはありますが、やはり食堂のコーヒーメーカーの性能が一番良いので」

 突然の来訪者に、少しピンと張った声が出た。私であったことを見たDr.ロマンはあからさまに眉を顰めていて、嘘がつけないなと思う。別に嫌われているわけではないとは知っているから、特に気にすることはない。

「夜のコーヒーなんて、眠れなくなってしまうよ? 名前さんは明日も早いだろう」

 オレンジ色の頭を掻きながらの指摘の内容は、彼が浮かべた表情の理由を教えられはしたけれど、彼には言われたくない、というようなものだった。彼も言った後で気付いたらしく目を逸らすものだから、溜息のひとつも出そうになる。自分が呆れ顔になっているのを自覚しつつ、備え付けの椅子に座った。Dr.ロマンも私の反応を見てか、大袈裟な動作で備え付けの椅子に座る。

「最近、調子はどう?」

 しかも話題を変えた。それも相変わらずと言っていいほどこれまで何度もされたことのある問いかけだ。彼は私を気にかけている節がある。医療班ゆえ、彼の素直な心根ゆえだろうが、そう心配をしなくても私はやっていけるというのに。

「まあまあですよ」

 私が答えると、Dr.ロマンは眉を下げて笑った。何が困るというのか。不可解な表情を横目に、手の中のカップを揺らして中身をくるくる回した。カフェオレの湯気が収まる気配はない。いつも飲んでいるブラックコーヒーよりもやわい色をした液体をじいっと見つめる。

「ベオウルフのことは気に入ったかい」

 カフェオレを零しかけた。ベオウルフのことを話に出したのは今日召喚したばかりでタイムリーだったからかもしれないけれど、気に入ったかどうか、というのがどうにも引っかかった。
 違和感を抱いたことをできるだけ顔に出さず、答えを考える。

「はい、気に入りましたよ。武一辺倒ですが、バーサーカーは強力なクラスですね。狂化ランクも低く、意思疎通が可能であるのも都合が良いです」
「うーん、うん、そっか」

 Dr.ロマンは複雑そうな、仕方なさそうな、なんとも言えないような返事をした。彼は私と話すとき、よく曖昧な態度を取る。選択肢を迷っているようだが、過剰に気にするような事でもなかった。
 カフェオレをぐるぐる回す。Dr.ロマンの言葉がリフレインする。
 ベオウルフの戦う姿を、思い出した。
 ────強かった。
 オルレアンであれほど苦戦したワイバーンが、次々と叩き斬られ、血を噴きださせ、地に落ちていった。それどころか、ベオウルフは、剣を捨てて拳で殴り飛ばすようなことさえした。伝説にはあったけれど、本当に、目の前で、それが起こった。竜種の外皮など彼の力の前では意味を為さなかった。
 竜種は幻想種の頂点だ。最優の力を持った存在だ。そう教えられてきた。良家の魔術師に限らず、ごく普通の魔術師でさえ知っている、基本中の基本だ。常識中の常識だ。
 ベオウルフは、それを破壊した。

「名前さん」

 名を呼ばれてハッとする。椅子から立ち上がったDr.ロマンが私を見下ろしていた。私も続く。先ほどよりも距離の近くなった顔で、Dr.ロマンは微笑んだ。

「そろそろ休憩を終えて戻るよ」
「そうですか」

 随分と短い休憩時間だが、今このカルデアを統括しているのが彼である以上、そう手は離していられないのも当然だ。いつもありがとうございます、と伝えると、首を横に振られる。酷い謙遜。
 管制室へ戻るというDr.ロマンは最後に振り返って、口を開き、閉じた。言いあぐねる様子の彼に視線を投げかける。すぐにDr.ロマンは意を決して、彼自身の胸元を手でぽんと叩いた。

「身体、気を付けるんだよ」

 それだけ言い残して、彼は去る。
 私の視界が下へとゆっくり降りた。カフェオレの湯気が顔に当たってじっとり湿る。コーヒーと牛乳の混ざった液体の、その表面がふるふると揺れた。それを見ているのが嫌になって、粗野な男が酒を飲む時のようにぐいっと煽る。
 まだ熱かった。  

内訳はたぶんはんぶんずつ

title by afaik 160916