066

 来世に賭けてワンチャンダイブ。
 中学生の時に聞いた言葉を忘れることは、きっと一生無かった。

「ねえ、ニュース見て、ニュース~!
 雄英高校が記者会見してる、生徒が“敵連合”に捕まったんだって!」

 自分のスマホをこちらの顔面に押しつけてくるのは、高校に入ってからできた友人だった。彼女は、“無個性”の私とも分け隔てなく仲良くしてくれて、親友と呼ぶことさえも許してくれる。
 一緒に出掛けた帰り、スマホを弄っている彼女の隣で音楽を聴いていたのだけれど、中断した方が良さそうだ。自分のスマホで彼女の言を確認すれば、確かに、目つきの悪い教師が壇上でフラッシュを焚かれている。
 片耳に嵌ったままのイヤホンからは、不躾な質問と、──聞いたことのある名前。
 ばくごうかつき。
 漢字の表記は知らない。中学校は一緒だったけれど、彼は一つ下の後輩だった。
 ただ、“無個性”だという同級生にひどく当たる姿は知っている。
 幸い私の学年は、“無個性”の私に対し、遠巻きにこそこそと何事かを言うだけだったけれど、彼は苛烈だった。
 そして、幾度か彼と“無個性”の少年のそばを通りすがったときに聞こえた言葉は、私にも向けられていると同然だった。
 彼があの同級生に何を思っていたのかはわからない。けれど、口から出る罵倒は、“無個性”を罵るためのものだった。
 ──へえ、彼、雄英のヒーロー科なんだ。
 思考がスゥッと冷える。冷えを通り越した熱さを感じるでもなく、ただただ単純に、平坦な感情が胸を占めた。
 雄英の体育祭でも観ていればもっと早くに知っていたかもしれない。スポーツに興味が無いから情報をシャットアウトしていた。

「……どうしたの?」
「いや、なんでもない」

 怪訝そうな彼女に否定を返して、ニュースを観続ける。
 ばくごうかつきの性格を根拠に、彼が“敵連合”に寝返るかもしれないと、記者が言う。
 それを、登壇している教師が否定する。
 保身や言い逃れではない。
 揺るがない、信用と信頼をこめた答えだった。

「……ふーん……」
「……名前、信じられない派? わかる~。あたしも。
 先生はこんなこと言ってるけどさ~、体育祭のときとか、性格悪そうだったよ」
「はは、性格悪そう……、はは」

 私は中学のときのばくごうしか知らないが、高校の、観衆の面前でも何かやらかしたようだ。当たり前か、人間が一朝一夕に変わるわけがないのだ。
 高校の彼しか知らない友人ですらこの言い様だ。なんだか笑みが溢れる。嘲笑だろうか。

「私も信じられない派。
 それに、この先生が信じてくれるんなら、私らが信じなくても良くない? って思っちゃうな。
 こんな遠くの人間に信じろったって無理があるでしょ。こっちに入ってくる情報なんて限られてるんだから」
「それな。攫われたのが、たとえば~……。名前は体育祭観てないだろうけど、重力使いの女の子とか、すごい脚の速いメガネの子なら、あたしはまだ信じられたけど」
「観てないけど、その子らが素直な性格してそうなんだろうなーとは思うわ」
「あたしの好みのタイプ理解しすぎじゃんウケる」

 駄弁りながらも、会見は進む。
 隣の彼女に、わざわざ中学時代の彼の話をする気はない。彼女は私のことのように憤ってくれるだろうけれど、彼女が部外者であるのも事実だし、そもそも私はあの少年ではなく、流れ弾を受けただけにすぎない。それに、私が彼女の怒りを望んでいない。
 いくら同じ“無個性”だって、あの少年が加害されたり自殺教唆を受けたりしているのを、割って入って止めることもできなかったのが私なのだ。“無個性”が強力な“個性”持ちに勝てるわけがないって、最初から諦めていた。今更になって腹を立てる筋合いは無い。
 もし、“個性”の有無に関わらず、危険に飛び込んで行けたとしたら、それはまさしく“ヒーロー”の器なのだろうけれど。私には無理だ。
 考えながら、ばくごうがヒーロー科であることを思う。
 “無個性”を散々見下してきた──今も見下していると疑える──彼が、“人”を“救ける”、“ヒーロー”になったとして、果たしてその大役が務まるのだろうか。
 “無個性”を“人”として見られるのだろうか。
 ……考えるほどくだらなくなって、鼻で笑う。
 結局は、さっき彼女に言ったことが全てだ。
 私は、ばくごうかつきが“ヒーロー”として在ることができるとは信じない。
 信じる人も居れば、信じない人が居るのだって、当然のことなのだ。



220324 約30の嘘