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 上機嫌で出掛けて行った名前が、上機嫌で帰って来た。その様子に、ジョンはおや、と思ってから、まったく、と無い肩を竦めた。この若人、ヒナイチと同様、我が事務所に住み着くのが自然になっている。そもそも自分の主人が居座りの第一人者であったことは承知の上だが、ジョンにとってドラルクは別枠の存在なので。
 名前は抱えるほどに大きいナイロンバッグを持って、ソファ──ジョンの隣に座る。脚をぱたぱた揺らす様は、歳相応に可愛らしくはあった。もっとも、ドラルクとジョンの目線からすれば、人間は皆子供同然なのだが。
 いつも共に居るドラルクは、ちょうど夕食作りの最中である。ジョンも手伝おうとしたが、揚げ物は油が跳ねて危ないということで、断られてしまった。ロナルドにちょっかいを掛けに行くにも、原稿が修羅場らしいので、邪魔はし難い。ドラルクがやるなら乗っかるが、ジョンにも遠慮の文字はある。なお、気が乗るなら癒しになってやっても良いけれど、そういう気分ではないので、という若干の自分本位さもあるのだった。
 よって、ジョンは手持ち無沙汰にテレビを観ていたのだが、楽しそうな名前に興味が引き寄せられた。
 確か、冬用の毛布をクリーニングに出したと言っていたか。それで、今日が受け取り日なのだと言って外出したのだ。冬物はシーズンが終わった時にクリーニングに出しなさい、ばっちいでしょう、と主人が憤慨していたので、よく覚えている。
 思考を巡らせるすぐ側で、名前はいそいそとバッグから毛布を取り出す。全体を包むビニールを乱雑に破いて、中身を引っぱった。手のひらが、毛布を撫でる。

「……ふわふわだ!」

 目を輝かせて、感嘆の声。どれどれとジョンも小さな前足で毛布に触る。「……ヌワヌワ」。
 なるほど、ふわふわ、ふかふかである。
 名前が毛布を頬に寄せた。

「わー、放置してたとき、こんなふわふわだったかな? やっぱほんとはちゃんと毎年洗うのが良いんだろうな」
「…………」

 ジョンは賢いアルマジロなので、悪い想像を誘う言葉を聞かなかったことにした。もしこの場にドラルクかロナルドが居て、聞き逃せず指摘したとしたら、名前は「金欠学生の一人暮らしっていうのはそういうもんだったんですよ!」と言い出したであろうが、現実でそうなっていない以上、ジョンの預かり知らぬところである。
 ともかく、名前は毛足の長い毛布の触り心地にご満悦の様子で、──しかしふと、何かを思案するような顔になった。

「……うーん?」

 名前の手の動きが、毛布を楽しむものから、探るようなものに変わる。何か不満なところだか不思議だところだかがあったのだろうか。ジョンは首を傾げて鳴いた。

「ヌ?」
「…………あ」

 それにつられ、名前の目はジョンに向く。あまりに自然な動きで、アルマジロの腹に触れた。
 その腹毛はふわふわ、ふかふか。
 くすぐったがるジョンを見下ろし、名前は合点がいったという風に、

「なんか似てると思ったら、ジョンのお腹だ」
「……ヌ?」
「この毛布と。ジョンのお腹、同じ触り心地がする」

 聞いて、ジョンは考えた。
 毛布=ふわふわ=ジョンのお腹。
 毛布=ジョンのお腹。
 いや、ジョンは毛布ではない。
 ……「まだ」、ない?

「ヌッ、……ヌーーーー!!!!」
「えっ、なに!? なにジョン!?」
「どうしたんだいジョン!!」
「ジョーーン!! なんかあったのか!?」
「悲鳴が聞こえたぞ! どうした!?」

 大声の内訳はそれぞれ、己の生命を危惧した涙ながらの絶叫。どうして叫ばれたのかわからない動揺。叫んだジョンへの心配。心配その2。心配その3。
 事務所のあらゆる場所から駆けつけてきたジョンLOVE&正義感溢るる少女の会が、ソファの周りを取り囲む。カオス。
 唯一、吸血デメキンだけが、愚者を見る目をして水槽を泳いでいた。



201031 約30の嘘
ジョンぬいのおなかふわふわなのでおすすめです。