026

 ──己はまだ、弱い。
 手負いのアマゼロトは、どこか安全な場所を求めて奔走していた。今の状態で好戦的なメギドに見付かれば、自分は死んでしまうかもしれない。たとえ手負いであろうと、ある程度の戦闘は可能だが、ある程度にすぎない。
 傷が癒えるまで、身を隠さなければ。
 自身の状態を把握し、改めて目標を設定する。
 その背後。

「……!」
「やあ、久しぶりだねアマゼロト。
 ……これ、下ろしてくれないかな?」
「……名前、貴方ですか……」

 気配への警戒、即座の攻撃、振り返って、見知った顔。警戒を若干だけ解いて、アマゼロトは武器を下ろす。
 名前。同じメギドに育てられた、非戦闘系のメギド。アマゼロトより圧倒的に弱く、それこそ今、このまま首を落とすことも可能である。
 しかし。

「しばらくぶりにトチったみたいだね。
 うちの隠れ家においでよ、手当てしてあげよう」
「……ここは、それが賢明でしょう。お願いします」
「いーえー」

 名前は、野戦病院や軍団の医療部門と引く手数多の、医療系のメギドだった。「他者を治す」ことを「個」とするメギドというのは、それなりの信が置ける。
 そのうえ、負傷したアマゼロトのことを名前が治療するのは、これが初めてではない。
 手負いの己には、僥倖と言って良いのかもしれない再会だった。──仕組まれていたとしても。

「……そんな怖い顔しないでよ、トドメを刺したりなんかしないからさあ」
「知っていますよ。……では、案内していただけませんか。治せるものは早く治しておきたい」
「はいはい、こちらです。君に言っても今更だけど、気配をよーく消してってね」
「誰に言っているんですか、私に気配を気取られた身で」

 だから今更だって言ったじゃん、と名前が拗ねたふりをする。そのままアマゼロトに背を向け、隠れ家の方へと促した。
 無防備な背中だ。いつアマゼロトに殺されるかもわからないのに。
 昔馴染みの愚かさに、アマゼロトは目を細めた。


「……はい、できた。調子は?」
「ええ、ずいぶん良くなりました。少し動いてみても?」
「どーぞ。その辺のもの壊さないようにね」

 名前の隠れ家に着いてすぐ、アマゼロトは名前の治療を受けた。さすが勧誘が止まらないだけはある、ものの数秒でアマゼロトの怪我は完治した。断裂も何もかも、元通りである。
 快調なアマゼロトに、名前が溜め息を吐いた。

「しかしまあ、急かすよね。
 もう少し苦しんでても良かったのに」

 ──他者の苦痛を喜ぶ嗜虐趣味。
 アマゼロトは言う。

「相変わらずですね、貴方も」
「そりゃーそうでしょ。
 君みたいに力のあるメギドがボロボロになるのは面白いよ」
「そう思うのなら、自身で戦う術を身につけては?」
「そりゃ本末転倒。
 私じゃあ到底倒せないような奴が七転八倒すんのが面白いの」

 名前の厄介な気質は、昔から変わらない。アマゼロトに理解することはできないが、どうもそういうことらしいとは知っていた。
 しかし、怪我のすっかり治ったこちらを見る名前は不満足そうであり、それでいて、満足そうでもある。名前は確かに、医療の者ではあるのだ。
 ふと、意地の悪い気持ちになった。

「だとしても、見物はここに着くまでに十分していたでしょう。
 ──貴方、あの戦いを見ていましたね?」
「…………」

 名前が顔を歪めた。

「……バレてんのね」
「現れるタイミングが丁度良すぎるんです。
 恐らく、前々回もそうでしたね? 前回は本当に鉢合わせだったようですが。ああ、それから」
「あーあーあーあー。降参降参」

 名前が仰反るように身を引く。
 何度助けられたかわからない──というのは比喩で、本当はアマゼロトはしっかりと回数を数えているのだが──とはいえ、もしも軍団所属のメギドであれば、糾弾される行為である。ばつが悪かった。
 なお、単独で行動するアマゼロトにとっては、

「私にとっても好都合ですがね。邪魔が入っては興ざめです」
「そっちも相変わらずねえ」

 というふうに、まったくの無関係であった。
 ただ、ついでに他の追及もしておく。

「しかし、強者の負傷する姿が見たいのなら、野戦病院でも、軍団に所属するでも、そちらの方が効率が良いでしょうに、どうしてそうしないのです?
 今だって、勧誘の最中なのでしょう?」
「隠れ家を作って逃げ回らないといけないレベルで追っ掛けてくるようなのは、勧誘って言わないよ」
「ふむ。それで、もう一つの疑問については?」
「…………グイグイ来るねえ」

 名前が嘆息する。負傷する己に対し、愉悦を覚えていた名前を追い詰めるのは、少々胸がすかっとした。
 けれど、にわかに、名前が表情を変える。
 笑っていた。

「本当のこと教えてあげようか」
「……ほう、なんでしょう」

 豹変に、アマゼロトは警戒する。名前もメギドだ。これまでの治療も油断させる一環か。死角からの一撃などが来るかもしれない。名前自身の力では無理であろうと、医療の知識を応用した武器か道具があれば、成功率は飛躍的に上昇する。いや、攻撃なら、怪我を治す前にするべきだっただろうが──。
 考えを巡らせるアマゼロトの前で、名前は身構えもせずに言った。

「私はね。
 ──君がボロボロになっても戦う姿が、特別に好きなんだよ」
「……それはそれは」

 思わぬ返答に、アマゼロトも驚いた。「怖い顔」がそのような表情に染まる。
 長い付き合いでも、知らないことはあるようだった。


 そのしばらく後、アマゼロトは名前の死の報を聞く。殺したのは、あのとき名前を勧誘していた軍団だそうだ。その損失に、同じく名前を引き入れようとしていた者たちはどよめき、歯噛みした。その中には、技術局もあるとすら噂されていた。
 アマゼロトは、

「……貴方は弱いですが、そう簡単に死ぬ器でもないでしょう?
 私もいつか、そちらに行くかもしれませんからね。名前は先に待っていてください。
 ──ヴァイガルドで」

 また、戦う姿を見せてさしあげましょう、その頃には容易にボロボロになどなるような私ではなくなっているでしょうが、と。
 件の軍団の長の、屍の上で笑った。



200728 約30の嘘