05
性質、特質、名前という存在の内包する世界観。
ただ、「そう在る」から「そう在る」。名前にとって、己の特殊な「生」の感覚はそれだった。呼吸を自然な行為として疑わないような、言語化し難さ。あるいは、この不自然な自然さを術式と呼ぶのかもしれないし、あるいは、これが呪いの在り方なのかもしれない。
そんな曖昧さのまま、名前が兄たちに行ったことについて言うならば、名前の世界観を兄弟が受け入れてくれてくれるかどうかが重要だった、となる。兄弟が、名前を拒絶せず、「血」を受け入れてくれるかどうかが分かれ目だった、と。
名前は、その勝負に、勝った。
それが意味したのは。
「兄さんと兄者は生きてるけど、ぎりぎり瀕死だから休んで貰ってる。私の呪力が回復すれば反転術式も使えるよ。
……あと、私の血を混ぜたから、……一時的か、永続的かはわからないけど、ふたりの血の毒性が弱まってる。事後承諾になっちゃったけど、……許してくれた」
「許すも何も、あのふたりは怒ってはいなかっただろう」
「……うん」
まるで見ていたかのように話す脹相に、しかし名前は肯定する。兄たちは、術式が弱体化するかもしれぬというのに、名前へ「ありがとう」と言うばかりだったのだ。
名前にとって、自分の行いは身勝手なものだった。
壊相の腕を探しに来たこと、今、再び人の気配の無くなった橋の上で、脹相に付き合ってもらってまで──しかも、呪力不足の名前と全快の脹相では、動きが遥かに違う──、限界まで探した、という事実を作ろうとしていること。それと同じだ。
名前はただ、納得できなかっただけだ。探し続けた兄の死が、言葉ひとつ交わせず二度と会えなくなることが。
だから、感謝されてしまうとどうにも落ち着かず、──優しい兄だと、そう思った。
「ところで名前、気になっていたんだが」
「ん、なに?」
「まだ、はっきりと『お兄ちゃん』と呼んでいないな」
「……」
名前は口を噤んだ。図星だった。
そのあからさまな反応に、脹相も僅かに眉を動かす。本当は無意味である、残穢を辿る行為を中止し、名前へ歩み寄った。
俯き加減の名前が、恐る恐る、視線を上げる。
「よ、んで、いいかな」
「呼んでくれ」
窺う声に、脹相は間髪入れず返答した。催促しているのは脹相なのだから、自明のことだ。
その真っ直ぐさに、名前は目を逸らす。
壊相と血塗との、あの勝負では。
死体という極限の「無意識」の底にある兄たちの血と魂が、名前を「兄弟」として受け入れてくれるかどうか、挑まなければならなかった。
その挑戦に勝った。認められた。
意識の下でも、「じゃあ『兄さん』と呼んで」「俺も『兄者』って呼ばれるんだな!」と、言ってもらえた。
脹相は、──無意識下では、どうなのだろうか。
「……私を兄弟だって、思ってくれる?」
脹相の死など様々にあり得ぬ以上、確かめる術は無い。だから、意識下の答えを積み上げたくなってしまった。重ねて埋めて、安心したかった。
呪力が足りず、まだ塞がらない傷口が、じくじく痛む。
そこへ自然と目をやる前に、手のひらが伸ばされた。
橋の下で名前がしていたように、脹相の指先が、赤黒い線を辿る。固まった血液のかけらが、指の腹に貼り付いた。
「……この血は、きちんと兄弟のものだ。
俺はオマエのお兄ちゃんで、オマエは俺のきょうだいだ」
脹相は、血を判別する能力それ自体を持っているわけではない。兄弟の異変がわかるのは術式の影響であって、逆に言えば異変が伝わってくるだけであるし、──恐らく150年間に何度か死んだのであろう名前の「異変」は、名前自身に要因があるのか、封じられた場所のせいか、受肉する前だったせいか、瓶の中の脹相に伝わってはこなかった。
それでも、ひどく直感的で、本能的な、繋がりの感覚があった。
この血は、間違いなく、兄弟であることを証明している。
確信して言った。
名前が、口端を横に引き結ぶ。
喉を上下させ、唇を開き、息を吸う。
首をぐっと上向けた先、脹相の視線が、じっと名前を見つめていた。淡白にも見える目付きで、けれどむしろ、その凪ぎ方こそが、どこか穏やかさを持っていた。
──無意識など、初めからここにあった。
苦笑して、こんな顔をするのも150年ぶりだ、と噛み締めて、そして。
「お兄ちゃん」
「名前!!! そうだ!!! お兄ちゃんだぞ!!!」
声を上げて笑ったのは初めてだった。