4.5
眠ってしまった。隣で机に上体を預けた名前の寝顔へ目を遣って、燭台切は微笑する。
手を伸ばして髪に触れ、指に髪を巻いた。指を抜くとするりとうねり、少しの癖を残して元に戻る。
名前の唇がむにゃりと動いて、燭台切は顔を綻ばせた。
「幸せそうな顔をするもんだな」
一部始終を見ていた鶴丸が笑う。瞳に宿るあたたかさは微笑ましいものを見るときのそれで、燭台切も笑い声を零した。
その間も名前の髪を弄ることはやめず、指先で梳くように撫で続ける。心なしか、彼女の寝息が一層穏やかになっていっている気がした。
最後に頬を一撫でして手を退ける。
「部屋に運んでやらないのか?」
「ちゃんと熟睡したらかな。こうして同じ部屋で騒ぐ分には問題ないけど、今持ち上げると起こしてしまうかもしれないからね。意外と寝付きが悪いから、名前は」
成る程な、と鶴丸は頷いて、次いでさらに笑みを濃くする。燭台切も、今ぐらいは良いと思って、と。答えた後で、もう一度確かめるように呟いた。
名前。
燭台切は常に彼女のことを「主」と呼ぶが、彼女が眠ってしまっている時ぐらいは、愛しい人を名前で呼んでいたかった。
ささやかな一言、けれど普段は秘めている想いを籠めて彼女の名前を紡ぐ燭台切の声は、果てしなく甘い。
「しかし、分からないな」
突如鶴丸が首を傾げる。燭台切は目を瞬かせた。どういうことだい。問いかけてみると、
「どうして名前に惚れてるんだと伝えないんだ? 名前も光忠を気に入ってるし好意には弱いんだ、言えばすぐ恋仲になれるだろう」
燭台切はそれを聞いて、ゆっくりと目を伏せる。先程のように、眠る彼女へ手を伸ばした。しかし今度は、髪でなく唇へ触れる。そこは柔らかくもかさついていて、彼女はリップクリームを嫌っているものなあ、と苦笑した。
荒れ気味の下唇を傷付けないよう注意しつつ、端から端へ、辿るように親指を滑らせる。最後まで到達する前に燭台切は口を開いて、
「それはあり得ないよ」
首を横に振った。鶴丸が目を丸くする。そんな風には到底思えなかった。両想いというやつになるのだし、2人とも自分達が人間と付喪神であることも気にせずお互いに接しているのだし、恋仲となることへ抵抗があるようには思えない。
それでも燭台切は否定する。自分よりも誰よりも名前のことを見ている彼がそう言うのなら信憑性はあるが、鶴丸には理解がつかなかった。
燭台切は困ったように笑う。
「まだ、ちょっとだけ早いからね」
答えると、そろそろ部屋に運んで来るよ、と言葉を続けて立ち上がった。眠る名前を起こさないよう緩慢に抱き上げる。彼女は多少身動いだが、目を覚ます気配は無い。
見上げてくる鶴丸の視線を受けつつ、燭台切は広間を後にした。