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 対検非違使は、一応まずまずの結果を出している。合戦場のひとつで出現するようになったのだけれども、うちの仲間は強かった。
 ただ、あの槍だけはいただけない。他の連中の攻撃は刀装があれば防げるというのに、槍だけは別だ。あいつのせいで怪我が相次いでいる。
 傷の手入れには資材が必要だ。対検非違使をごくゆっくり進めつつ、前よりも遠征を強化することにした。ありったけの人数を遠征に向かわせている。練度が最大まで達している刀剣男士のひとり、光忠も例外ではない。


「歌仙、こんな感じで良い?」
「合っているけれど包丁の扱いが危なっかしい」
「あー」

 人けのない本丸。審神者になってすぐの頃を思い出すぐらいの人数だ。おかげで料理当番はいつもより少なくて済む。刀剣男士の人数が増えてからは精霊を喚んでいたりもしたんだけど、ここ最近はめっきりだ。
 そんな中、今日は私も料理当番に混じることになっていた。いつの間にか。
 歌仙曰く、「気分転換にどうだい」
 書類やらなんやらで部屋に引きこもりがちだし、そればかりでは気が滅入るから、ということらしい。普段は気分転換といったら畑仕事に乗り出すのだけれど、たまには良いだろうと思って誘いに乗った。ちなみにその後、「料理できるようになった方が良いって言われるのかと思った」「大丈夫、その辺りはあまり期待してないからね」なんてやり取りがあって、相変わらずの手厳しさに思わず笑ったものである。

「はい、次はこれを剥いて」

 視界に歌仙の差し出したジャガイモが入ってくる。ザルに何個も入ったそれを私が受け取ると、歌仙はひとつだけ手にしてこういう風にやるんだと実演してくれた。歌仙の手の中で面白いようにくるくる転がる芋が、これまた面白いように包丁の刃で皮をするする剥かれていく。最後に水の入ったボウルへぽちゃん。当然ながら、非常に手慣れていた。お手本に沿って、私もやらせて貰う。
 案の定、うまくいかない。身が皮ごと削れていってしまうわ、歌仙みたいにするする剥けないわ、ど、どうしてジャガイモはでこぼこしてるんだ……。

「初めてなんてそんなものさ」

 私の心の中を見通しているかのように歌仙が言う。
 そりゃあ、よほどセンスがなければ初めてでのクリアは難しいだろうけど。分かってはいるけど、ちょっと打ちのめされる。料理当番は皆、この難関を潜り抜けてきたんだなあ……。
 皆に尊敬の念を覚える中、同田貫やら御手杵やら存外手つきが豪快だという一期やら、料理当番を任されることのない刀剣男士たちにも親近感が沸いてしまう。彼らは今、ここにいは居ないわけだけど。遠征先で、どうしているだろうか。
 遠征だからと言って油断してはならない。倒すのを目的として行くのでなくとも、行き先は敵の蔓延る外の世界だ。戦闘を避けられないことだってある。

「……歌仙。遠征の皆、今どうしてるかな」
「何を急に。心配になったのかい」
「ちょっと気になって」

 なんとなく気まずくなって、笑いで誤魔化した。ついでに手元のジャガイモと格闘する。案の定、私の皮むきは下手くそだった。
 一度不安が胸に浮かぶと、そう簡単には消えてくれない。
 ふう、と溜息が聞こえた。そちらを見れば、歌仙の視線が私に向いている。
 
「燭台切は奥州遠征だったし、帰りは遅くなるだろうね」
「ああ、うん、そうだろうね」

 突然の光忠の名前に面食らいつつ肯定した。歌仙の視線は彼の前のまな板に戻る。だん、少し力の入った包丁が、ニンジンを通り越してまな板にぶつかった。
 歌仙がもうひとつ、溜息を吐く。

「もし燭台切が帰ってこなければ、今日は寝間着を裏返しに着て寝ると良い」
「いとせめて恋しきときはむばたまの?」
「夜の衣を返してぞきる」

 寝間着を裏返しに着て眠ると想い人に会える、という迷信を詠んだ歌。歌仙から古典を学ばせてもらっていた時に教えてもらったもので、よく覚えていたね、と言う彼の声はちょっとだけ弾んでいた。光忠やらがよくしてくれるみたいに、褒めるのと一緒に撫でてもらえないのが物足りな、い、わけでは、ない。
 わけではない、けど、顔に出てしまったのだろうか。歌仙が私を見て、ちょっとだけ顔を顰めた。欲深くて申し訳ない。
 包丁を動かす歌仙の手が速くなった。それどころか、スライスしたニンジンを手にしたかと思えば、包丁を浅く入れて飾り切りまでしていく。梅の花が次から次へとまな板の上へ舞い落ちた。

「いつも思ってたんだけど、歌仙って飾り切り好きだよね」
「料理は見た目の美しさも重要だろう」
「……それ、私もしてみたい」
「君にはまだ早い」

 だよね。ジャガイモも満足に剥けませんもん。一蹴されてしまったことに苦笑いして、名残惜しさに梅の花をひとつ手に取った。花びらは見事な曲線を描いている。包丁ひとつでどうしてここまで出来るんだろう。彼の手捌きは最早神秘的だった。
 そんな中、ぼやきが耳に届く。

「……上手くいかないな。まったく、雅じゃない」
「え?」

 思わず声が漏れた。上手くいかないって、こんな、綺麗に切れてるのに。眉を寄せた歌仙の顔と、自分の指の上にある紅色の花を見比べる。すると、それのことじゃないよ、と言われた。
 何かを諦めるみたいに、歌仙は天を仰ぐ。

「燭台切が羨ましいと思った」

 黒々しい感情を吐き出すように紡がれた言葉の意味が取れず、続きを待って沈黙した。恨み節という言葉が似合いそうな声色に、心臓が冷えた手で握られているような心地になる。

「燭台切は恐らくあまり君に料理をさせたくないだろうから、今僕がやるならここだと考えた」
「う、う、うん?」

 光忠が私に料理をさせたがっていなさそう、とか、やるならここ、とか、それを聞いてもまだ中身が分からない。
 歌仙は、今度は首をこちらに向けた。縹の瞳が真っ直ぐ私を見ている。きぃんと固く鋭くて、でも内に慈しむような柔らかさを秘めているその色には、見覚えがあった。書庫にあった漢文まみれの本を持って、歌仙に頼みごとをしに行った時の。

「君は覚えが良いから、教えるのが楽しくなる。僕はね、君のことを良い教え子だと思っているよ。
 けれど最近はその役を燭台切が買いっぱなしだ」

 散らばっていた言葉たちが、糸で束ねられていく。
 彼は、とどのつまり、と。

「久しぶりに体感したかったんだよ、君にものを教える楽しさっていうのを。
 それなのに君は燭台切のことを気にするからね、つい苛立ってしまった。ほら、雅じゃないだろう」

 あ、あれ、そんな、私、光忠のこと言ったっけ。
 記憶をひっくり返して、漁って、該当するであろう台詞を探す。
 ……心当たりは、多分ひとつ。

「……歌仙。私が、遠征の皆、って言ったやつ?」
「そう。それではぐらかしたんだろう、君は照れ屋だ」
「照れるのは否定はしない。否定はしない、けど。私、本当に全員のこと気にしてたんだよ。
 光忠と別な関係性を持っているとはいえ、私はこんなんでも審神者で、皆の主をやらせてもらってるんだから」

 公私混同は出来得る限り避けたい、というのは私と光忠の意見が一致したところである。
 私の言葉を聞いて唇を閉ざした彼の目を縁取る睫毛、その上下が、ぱち、ぱち、と合わさるのを見ていた。やがてそれが合わさったままで告げられる。

「……ああ、そうだ。君はそういう子だったね」

 呆れているのか微笑しているのか、うまく見て取れない口角の上げ方だった。
 そういう子、というのが何を指しているかも分からない。分からないけれど、怒りの類の感情でなくなったことは判ったから尋ねないことにする。

「全く、早とちりとは。燭台切の言葉を借りるなら、『格好悪い』ね」
「歌仙」
「ただ言葉を借りただけだよ、もう納得してる」

 それを聞いて胸の奥がほんわりとした。皆が私のことをどう思っていたって、私は皆のことを好きだから、少しでもそれを知ってもらえていたら嬉しい。歌仙にはさっき、良い教え子、なんて名誉な称号を貰えたわけだから、尚の事。
 教え子。……ひとつ、少し前から遠慮して言い出せないままでいたことを口に出すことにした。

「ねえ、私、欲しい古書があるんだ。でも私ひとりで読むにはきっと難しくって、だから。
 歌仙に、教えて貰いたいです」

 さっきの言葉を考えて、気持ち最後を強調してみる。私がこう強請ることで、もし喜んで貰えるのだとしたら。なんて、願ってみた。
 歌仙は包丁を置いて、蛇口に手を掛ける。返事が返ってこないままの動作に、あれ、まずかったかな、と血の気が引いた。彼が洗った手をタオルで拭う様子を視界に入れたまま、動けなくなる。
 と、頭に、その手が乗った。

「お安い御用だよ」

 心臓が一気に音を鳴らす。その勢いに押されるように顔を上げた。
 そこに、歌仙の笑顔がある。
 ゆるく綻んでいく梅の花のような、とろけるみたいな笑みだった。

どうか私の日常でいてください

title by afaik 151110