18.5

 名前がそわそわと落ち着かない。理由は分かりきっているから、僕はただ面白いばかり。

「……い、いっしょって、あ、うん、そういうかんじ」
「そういう感じだね」

 一緒に寝るというのを約束したものの、いざ寝る前になって僕が枕しか持ってこなかったのを見て察してくれたらしい。そう、別に隣に布団を敷いて寝るだけなんて言ってないよ、僕。名前もあり得る2択目として予想していたのかな、戸惑いは控えめだ。それでも人並みに混乱していることには変わりないんだけどね。

「事後承諾みたいになってしまうけれど、僕、君の布団借りても良いかな」
「あ、うん、それは、かまわない、よ」
「ありがとう」

 名前の布団の上に乗っかった彼女の枕の隣に僕のを置く。うん、いいな、これ。夫婦、みたいだ。思わずうんうん頷いていると、頬を染めた名前が僕の服の裾をちょいっと撮む。恥ずかしくてどうしたらいいかわからないから助けを求めてみた、ってところか。オーケー。

「さ、こっちに来て欲しいな」

 その手を僕の手で絡めとって、そっと引く。今は手袋を着けていないから、彼女の体温を直に感じられた。その温もりをそっと握り込むと、やさしいしあわせが繋いだところからじんわりしみこんでいく。名前も多分同じように感じてくれているんじゃないだろうか、弱い力で握り返してくれた。
 彼女を布団まで導き2人して座った後、もう片手で掛布団を持ち上げる。ここまで来たら、あとは。

「名前」
「な」
「どーん!」
「わあっ!?」

 振り向きざまに抱きつく。彼女が頭を打たないように支えて倒した。僕と一緒に横になった名前は、ぱちくりと目を瞬かせる。その表情は驚き一色に塗り替えられて、強張ったところはもうない。

「な、なんか光忠、今のテンションどうし、あ……」

 途中で名前は口を閉ざした。さすがに彼女でも気付いてしまうか。気付きはすれど、力が抜けた肩がもう一度固くなりはしない。少し申し訳なさそうに眉尻を下げた彼女に微笑みかけて頭を撫でれば、そう経たないうちにゆったりと目を伏せた。
 名前は子ども扱い染みているくらいで丁度良い。その方が安心してくれる。
 布団を掛けて胸に抱き寄せると、名前は僕の胸元に小さくすり寄った。一瞬撫でる手が淀みそうになる。それを堪えて、ついでに頬が緩みそうになるのも堪えて、彼女の髪を梳き続けた。そっか、甘えるような動作、してくれるようになったんだ。今日泣かせた分が効いたんだろうか。嬉しい、でもちょっとずるい。
 名前は自分が頭を乗せていない自分の枕を一度ちらっと見遣って、でも再び僕の胸元へ顔を寄せる。きっと、心の臓の音が伝わってしまうよね。さっきの流れのままもうちょっとスマートに格好良く、彼女を抱き締めたまま眠れたらよかったんだけど。今まで夢見ていたことが起こり続けているから、うまく抑えられない。
 あ、こら、またすり寄ったりなんかして。可愛いよ、それ。
 そっと息をついて、名前の髪を指に絡ませて弄ぶ。ああ、髪に口付けるのもいいなあ。でもそうしたら、せっかく名前の緊張を解した意味がなくなってしまう。またの機会に、それこそ明日の朝にしよう。
 そう考えている僕の耳へ届いた、

「おちつく」

 つたない舌で呟かれた短い言葉。僕はそれに、「そっか、よかった」だなんて返す。実際は「よかった」では済まない。彼女の心を落ち着かせられる場所になれているという事実はわたがしみたいに甘くふわふわとしていて、僕の心を包む。わたがしが僕の恋情の熱で溶けてべたべたの砂糖液になってしまえば、今度は僕の心に沁み通り恋情の一部に溶け込んでかさを増す。彼女をもっと、いとおしく、思う。

「あのときみたいだ」

 名前の呟きに、より甘く、溶かされた。

「名前、覚えていてくれてたんだ。昔一度、一緒に寝たの」

 僕の喉は必要以上に震えなかっただろうか。多分大丈夫だ、僕を見上げる名前の目は何かに気付いた様子はない。照れくさそうに、けれどまっすぐ僕を見ている。
 一緒に寝ることに戸惑いこそしていても、ひどく混乱しているというわけではなかった時点でまさかとは思っていた。前例があるからまだマシだったんじゃないかと。でも、そうか、本当に。

「覚えてるよ」

 ばつが悪そうに目を逸らしながら、名前は肯定した。僕は思わず、笑みをこぼす。そんな顔しなくていいのに。君からしたら、情けない記憶なのかもしれないけれど。

「名前、僕、嬉しいよ」
「な、なんで?」
「僕にとって、すごく大切な出来事だったから」

 丸い目が、驚愕を宿して僕を見る。それは2、3度瞬きを繰り返すごとに喜びと困惑へと変わった。苦笑いとも言うべき表情を浮かべるその頬を、指先でそっと撫でる。くすぐったそうに目元を和らげた名前は言った。

「あの時も、私は今日みたいに泣き喚いてただけだったと思うんだけどなあ」
「そうかもね?」
「そうかもとは」
「長くなるからまた今度」

 興味を惹かれているらしいものの、名前はわかった、と頷く。そして、また僕の胸元へ額をつけた。……その位置、気に入ってくれたんだろうか。
 さっきのは、別にはぐらかしたつもりじゃない。名前に語ってほしいと言われたら語ることができる。でも本当に長いのだ。だってあの時のことは、僕がここに来たあたりの頃から始まり、名前のことを好きになって、迷い、悩み、受け入れるまでの一連の流れと切っても切り離せないから。それをいっぺんに話したんじゃ、本当に長くなってしまう。寝物語として語るには向かない。また次の機会に、だ。それに、今は眠らないと。

「名前、眠れそうかい?」
「……意識しなければ……」

 名前は僕の胸元から出来るだけ離れないようにしながら頷く。あ、やっぱり気に入ったんだね、それ。甘えられているようで、というか実際無意識に甘えているんだろうけど、僕にとっても僥倖。名前にはいくらだって甘えてほしいと、僕はずっと思っているから。
 添い寝を提案したのは良策だったな。口元が綻ぶのはそのままに、彼女の頭をそっと抱き込んだ。

千年たっても離してやらない

title by ligament 151023