08
主は色恋沙汰には興味ないの。
問われた言葉に、は? と声が裏返った。
「そんな顔しないでよ、気になっただけなんだから」
「いや、そんな顔というか、だって、びっくりして」
食後、広間で寛いでいた時だった。隣で服のカタログを見ていた加州が、そんなことを聞いてきたのだ。驚く他無い。元より加州は愛されたいとはよく言うけれど、それが恋愛感情を含んだものではないことは分かっている。そりゃあそうだ、他の本丸の主に対してならいざ知らず、私だし。
だのにこれは、何の脈絡も無さすぎる。
「で、どうなの?」
「どうなのと言われても」
詰め寄られ、居心地の悪さに目を逸らす。なんてよくわからない質問だ。
考えている間にも、ねえ、答えてよ、と急かされる。此方としても早く答えを出してしまいたいものの、加州が一体どんな系統の答えを求めているのかが分からない。
彼の視線を受けながら頭を抱えていると、ゆらり、影が覆いかぶさってきた。
「本気で聞きだしたいなら質問の仕方を変えなよ。主は頭が固いんだから」
「さりげなくひどい」
声を降らせてきたのは大和守だった。他の審神者の話を聞くに戦場以外では穏やかな気性らしいはずの彼──いや確かに他の刀剣にはそういう姿を見せるのだが──は、私が相手だと意外と辛辣だったりする。そりゃあそうだ、私だし。
今言った言葉だって的を射ている。どうしろっての、と難しい顔をしている加州に、大和守がわざとらしく笑い声を漏らした。加州の唇がひくりと引き攣る。いつものように喧嘩が始まりそうな雰囲気で、2人の間に割って入った。
「大和守、大和守はわかる? 加州が私に質問した内容の意味」
「うん、わかるよ。でもどう言ったら良いかな……。……そうだ、主は誰かに、恋い慕っていると告げられたことがあるかい?」
「え。予想してると思うけど、ないよ」
だよね。大和守にあっさりと返事をされる。私も頷いた。
だって、そんな奇特な輩がこの世に存在するとは思えない。そもそも私は対人経験自体が薄いのだ。深く情を抱かれる程関わった人間などごく一握りで、むしろ刀剣男士たちとの方が多く深く関わっているだろう。こうも仲良くしてくれる皆には感謝してもしきれないぐらいだ。
いくら私が彼らを喚び起こした審神者であるとはいえ、関わってくれるのは彼ら自身の意思に他ならないのだから。
大和守は確認をとるように加州へ目配せすると、視線を受けた彼は悩む様子を見せたのちに首を傾げた。
「じゃあ、現世で誰かと恋仲になりたいって思ったことはなかったの?」
「……いや、別に無いなあ」
さっきの通り、そもそも交友関係が狭かったのだ。恋愛のことを考えるよりも、まずは人と関わること自体で精一杯だった。
そう答えても、加州は不服そうにする。曰く、なら、もしすごく仲の良い友達が居て、色恋沙汰を考える余裕があったら? と。
理解するまで数秒を要した。苦笑いだけが浮かぶ。
たらればはその時になってみないと分からない。それでも想像してしまって、不安に駆られることもままあれど。
「もし興味があったとしても、私を好きになってくれるような奇特な輩が居るとは思えないし」
言うと、加州が黙り込んだ。唇を尖らせ、何かを言いたげな表情。不思議な反応だと思う。加州だって、私が好かれる程にそう良い人間でないことは分かっているだろうに。やがて不満気に発した、あのさあ、の先を待つ。
「主、もっと自分に自信持ちなよ。俺たちきっとさ、主が思ってるよりは主のこと好きだよ?」
「えっ」
思わず声が漏れた。加州が眉を顰める。ずっと突っ立っていた大和守も、そうそう、と加州の言葉に続けつつ、空いている側の私の隣に座った。まさか大和守にも言われるとは思わなくて、彼を見遣る。溜め息をつかれた。
「ああ、さっきあんな話をしておいてなんだけど、僕等の好意は親愛とか友愛の類であって恋愛感情ではないからね」
「そ、それは分かってるよ、勿論」
「でも、俺たちは主のこと結構好きだからね」
加州に腕を引かれる。彼は唇をむっすりと歪ませていて、冗談ではないのだろうな、となんとなく思った。程度の尺度は人によって違うから困るけれど、加州にとってはそうらしい。
どう返したら良いのか分からず、頬を掻いてみせる。私はそんな大したことはしていない。むしろ私の彼らへの接し方は、人間より高位な付喪神である彼らを見縊っているようなものではないだろうか。
加えて、刀は主に使われるものだからと言って従おうとする彼らに対等を望むのは、彼らの本分への愚弄ではないのか。
改めて考えてみれば、かなり愚かなことをしていると思う。
加州に対してだってそうだ、彼は自分を着飾るのに、私はそれの美が分からない。ゆえに、可愛くなるから愛してほしいと言われても、まず私がそれに応えることが最初から出来ないのだ。
今の自分が顔を強張らせている自覚があるもののなかなか取り繕えぬままでいると、加州はさらに強く私の腕を引っ張り、
「俺、怪我したときに主が泣きながら出迎えてくれて、痛い想いさせてごめんねって謝ってたの覚えてる。手入部屋から出たときの嬉し泣きも。変な奴だと思ったし、今でも思ってるけど、あれ意外と安心したんだよね」
「僕も主のそういう身内大好きすぎで信頼しすぎなところと、ものぐさに見えて喜と哀と楽が全力なところ嫌いじゃないよ。最近は僕達の練度も上がってきたし、主がびびり指揮なのもあって怪我なんて滅多にしないから、あの大泣きもあんまり見れないけどね」
「……みっ、見て楽しいものでもあるまいに……」
ううん、楽しいよ。面白い顔してるもの。そう続けた大和守はやっぱり辛辣だ。
事実ではあるから反論なんて言えないけれど、泣き顔について云々言われるのはなかなか恥ずかしいものがある。ただそれ以上に感じているのが、過度な安堵。
俯いて、視界がゆらゆら揺れるのを誤魔化した。呼吸一度でしゃくりあげそうな喉を抑え込む。
その欺瞞を知ってか知らずか、加州は「お洒落しても意味ないのは残念だけどさ、自分のために何か頑張ってくれてるっていうのは嬉しい、ありがとう、とか言っちゃうところもわりと好き」だなんて言うから、吐き出す息が震えた。
だから自信持ちなよ、の言葉通りになれる気は、ごめん、まだしないけれど。
呼吸が落ち着いてきた頃合いに、大和守が、あのさあ、と切り出した。
「……僕、思うんだけどさ。主はまず、自分が努力しているって自覚がないんじゃない? だから自信が無いとか」
「は? 遅くまで起きて小難しい勉強してんのに?」
大和守は渋い顔をしている。加州は何それ有り得ない、と言っていて、私も私で意味が分からなかった。
だって、努力をしていないのも、それを分かっていてやっぱりやらないのも本当じゃないか。
言えば、大和守が2度目の嘆息をした。
「ほら。確かに主って、自分のしたくないことは絶対にしようとしないけど、少しでも気が向いたことはガンガンやるじゃん。それって努力してるってことだよね?」
「してないって。楽しいことしかやらないよ、私」
「……分かった、嫌なこともやってるうちに楽しくなるせいで、必死になった実感が無くなってるんだ。主は被虐趣味なんだ」
言われてみるとそうであるような気もする。
よく言われるように、私は好きな人の意見は鵜呑みにしてしまう節があるから後でもう一度よく考えないといけないだろうけれども。そんなこと考えもしなかったから、成る程と思う。
加州が、じゃあどうすんの、と唇を尖らせた。
大和守は暫く考え込むと、加州の傍にあるカタログへ指をさす。加州が、これ? と大和守に差し出し、彼はそれを受け取って、開いた中身を私に見せた。
やたらとピンクできらきらした、私には無縁かつ苦手意識のあるものがところせましと並んでいる。美容品のカタログだった。
「したくないことをしてみたらどうかな」
「……本当につらい」
何がつらいって、今更そんなことを気にする気恥ずかしさと、皆の中にあるであろう私のイメージ像との似合わなさ、あとやっぱり苦手意識。
こういう、個人の感覚がどれだけ世間の平均と合致しているか問われるものは、あんまり得意じゃない。頭をぐしゃぐしゃかき混ぜる。
加州は主もお洒落するの、美容液はどこの会社がどうこう、とマシンガントークを始めだしていて、大和守が中断するよう手で示した。
「主、殆ど無理矢理だけど嫌いなもの食べるようになったじゃないか。あれってどう? 毎回自分は頑張ってると思わない?」
「それはすごく思う」
「じゃあこれで決まり。主って着飾るの苦手だし、こいつも助言出来るし、良いんじゃないかな」
「お洒落は野菜と同列なワケ!?」
加州、吠える。大和守、無視。
私は内心、野菜以外にも嫌いなものあるよ、と訂正した。
完全に加州をスルーした大和守は、次いで、うーん、と呻く。最初から沢山やるのは辛いだろうしなあ、と呟いた。
そのうち、私が今さっき乱したばかりの頭に目を遣る。ぱらぱらとカタログがめくられて、目的のページが見つかると、私に手渡した。加州と私で覗き込む。
「まずはこの辺りでどう? 注文はこいつ名義にしてさ」