05
庭の方から笑い声が聞こえた。短刀君達のものだろう。今日は遠征で大体の刀剣が出払っているし、昼餉は庭と内番先におにぎりでも作って持って行くと良いか。丁度すぐそこだし、庭にいる彼らに具材をリクエストして貰おうと決めて足を進める。
庭には、鬼ごっこをする粟田口の短刀君達と名前の姿があった。縁側では一期一振君が様子を見守っている。
「おや、燭台切」
「やあ。みんな元気だね」
彼らの邪魔をしないよう頃合いを見計らうため、一期一振君の隣に座った。駆け回る名前を目で追う。彼女は普段自室で静かに本を読んでいることが多いけれど、元来子供っぽい性質だからか、短刀達の遊びに誘われれば最初は面倒そうにしつつも段々楽しそうにする。それは面倒を見ると言うよりはまるで同年代の子供同士が遊んでいるかのようで、相変わらず幼いなあと頬が緩んだ。彼らの遊びがひと段落ついたらしいのを見て、声を上げて呼ぶ。皆が不思議そうな顔をして駆け寄って来た。事情を話すと、年齢に相反して子供らしい子たちはぱっと顔を明るくする。
まずは秋田君から希望を聞くね、と目を向けると、彼は困ったように眉を八の字にした。
「僕、あれがいいです。ええっと、不思議な色で、ぺちょっとしてて、うーんと……」
名前が浮かばないらしい。流石に抽象的で、僕も他の短刀達も悩みこむ。皆で予想を挙げてみるも、秋田君はさらに困ったような顔をして首を振った。ひとりだけ黙りこくっている名前と目が合う。彼女の勘は自信が無いときほど当たっているのを、僕は知っていた。そのままじっと見続ける。やがて彼女は観念したように口を開いた。
「……ツナマヨだったりしないの、この前胡瓜と一緒に出たやつ」
「あー! それです!」
「主様、すごい!」
目を輝かせる秋田君と褒める五虎退君に挟まれた名前は、いや、別に対したことじゃ、とオロオロしだす。もごもご言いながら俯くとそっぽを向いた。僕たちが本来高齢であることは置いておくとして、末っ子気質で年下と接するのが苦手らしい彼女だけれど、なんだかんだ上手くやっているのが微笑ましい。褒めようと手を伸ばし、
「良い子だ」
隣の一期一振君の腕に遮られた。場が硬直する。全員の視線が集まる先は、一期一振君に頭を撫でられて目を瞬かせる名前と、そうしておきながら同じく目を瞬かせる一期一振君。刹那、一期一振君が素早く手を退けた。
「申し訳ありません、つい」
「えっ、いや、別に構わない、けど」
名前の様子に下の兄弟を持つ身としての何かが反応したりしたのだろうか。今までも弟達に対するものほどではなかったけれど、彼は臣下として以外の顔で彼女を気にかけるような節があった。とうとう反射的に手が出たらしい。
一期一振君が名前の返答にほっと胸を撫で下ろすと、いちにいってば、と乱君が笑い声を上げる。それをきっかけにして場の空気が緩やかになった。名前だけは何か考えている顔をして崩さないまま僕を見つめ続けているのが気になったけれど、あとで時間のある時に尋ねるべきだと判断して、皆に希望を聞くのを再開する。
「……よし、了解。じゃあ作ってくるよ」
「燭台切、私も行く」
名前は立ち上がった僕をつついてそう言った。手伝ってくれるのかい? と聞けば首肯される。薬研君と前田君、平野君も立候補してくれた。僕からも彼らにお願いして、手を洗ったあと薬研君は厨に来てくれるように、残りの3人には畑当番から野菜を貰って来るように頼む。先に行って準備をしていると、薬研君が走って来た。
「なあ、さっきの大将の様子に気付いてたか?」
彼の第一声がそれで、いきなりどうしたのかと内心首を傾げる。勿論、と僕が答えれば、薬研君はおかしそうに笑んだ。ますますよく分からなくなって、言葉の続きを待つ。
彼は先ほどまで居た庭の方を横目で見ながら、
「勝手にばらしちまうのもなんだがな、ありゃああんたに褒めてもらいたかったって顔だ」
だからいち兄に嫉妬する必要だってねえぜ、と続けられて、虚をつかれた気分になった。図星でしかない。彼女を撫でて褒める刀剣は元々僕以外にも何人か居るものの、今の彼女の中で兄のようなものとして認識されているのは僕だけだ。
その立場は不本意だけれど、僕より兄らしい一期一振君にその場所を取られてしまうのも、正直あまり面白くはなかったのだ。
「それと、はしゃいだ後で髪も乱れてるんだしあとで梳かしてやるといい。この前の宴の翌日なんか、あんたにやって貰えなくて寂しそうにしてたぜ。
忙しいから諦めてたらしいが、それでも代わりを求めやしなかった。余程あんたが良いんだろ」
空いた口が塞がらないとは、このことを言うのか。名前がそんなことを考えていたなんて気付きもしなかった。そして、僕の気付かない彼女を薬研君は分かっていたことが、もどかしい。
「……君も、結構名前を見ているんだね」
「あんたの方がずっとそうだろうが、俺だってうちの中じゃあ付き合いは長い方だ。
それに大将は望むことほど口に出さねえし、あんたも謙虚だから、予想以上の好意に気付かなかったんだろ。なにより俺はあんたらを応援してるもんでな、そりゃあよく見てるさ」
薬研君の言葉を聞いて、僕は肩を落とした。なんでもお見通しらしい。昔から、彼の面倒見の良さや人をよく見ているところは変わらない。大きく嘆息する。薬研君は親指で水道を指し示して、さっさと飯の支度しちまおうぜ、と促した。
うん、と短く答えて蛇口を捻る。しばらく準備をしていると、どたどたと騒がしい足音が近づいてきた。野菜でいっぱいの籠を抱えた3人がやって来る。
「はい、野菜」
名前は前田君と平野君の持っていた籠も一緒に、自分の籠を僕に差し出した。よく見てみるとその目はまるで此方を伺うかのようで、もやついたものがすとんと胸の奥に落ち着く。
成る程、見出そうとしてみれば確かにそうかもしれない。
脳裏を過った薬研君の言葉を反芻する。前田君と平野君が薬研君と話しているのを横目に、僕は水で濡れた手を手拭いで拭いた。そして、
「ありがとう、助かったよ。名前は偉いね」
言って、手を名前の頭の上に置く。ゆっくりと髪の流れへ沿うように撫でると、彼女は俯いた。無言のまま、顔を腕で覆い隠す。その下の表情は分からないけれど、所在なさげにもぞつく指は照れを表わすものだ。込み上げてくる。
「……格好悪いなあ」
名前に聞こえない程度の声で呟いて、僕も顔の下半分を手で覆った。
こんな表情、人には見せられるものか。
思っていたよりも名前に好かれていたことがあんまり嬉しくて、口元をみっともなく歪ませている。