守るべきもの01

 燭台切、陸奥守、五虎退。現状、うちの本丸に居る刀剣男士はこれで全員だけれど、やはり彼ら刀にとって前の主というのは大切な存在らしい。それぞれ伊達政宗と坂本龍馬、それから上杉謙信の名前を会話に出すことがある。
 そうしてたまにちらほら話を聞いてみると、これがまあ、その方々について気になりだすもので。所謂知的好奇心だ。元々歴史の授業は嫌いではなかったし。政府から貰ってはいたものの使い道の無かった金は此処で使うべきだろう。頼めば、望んだ通りに3冊の本を購入出来た。例の方々の伝記である。
 本丸には特定の存在しか出入り出来ない審神者のプライベートルームなんて隠し部屋が存在するものだから、そこで皆に隠れて読み始めた。だって、皆がもしこの本の存在を知ったら、私が前の主への対抗心に駆られて弱点や短所を知るために調べ始めたのだとか、勝手に人の過去を漁っているだとか、思うかもしれない。

「……それが、経緯?」
「うん」

 僕は、ぐすぐすと泣きながら先の旨を話し終えた主に問いかけた。肯定されて、そっか、と返す。戸惑いが抜けないままの声になったのが少し格好悪い。
 ──話したいことがある、と主に呼ばれて集まった僕たちが見たのは、主の前に置かれた3冊の本、それから「ごめんなさい! 皆の前の主様のことを調べました!」と泣きながら、土下座する主だった。そこまで謝られる理由が分からず顔を上げて貰い、なぜ謝ったのか教えてと言って、此処に至る。
 主に羽織の袖で目元を擦るのを止めさせて、ポケットに入っていたハンカチを差し出した。ごめん、ありがとう、ごめん、と受け取る主は、うーん、やっぱり人付き合いがとんでもなく下手だ。人によって愉快不愉快の基準は違うことを気にしていたのだとは分かるけれど、伝記の件も今のハンカチの件も謝りすぎだと思う。大体、前の主について触れて欲しくなかったのなら皆自分から話したりはしないだろうに。と言ったとしても個人差がどうこうで頭を抱える様子が目に浮かんだのでやめておいた。

「主。僕たちは皆、怒っていないよ」
「おん」
「そ、そうです!」

 僕の言葉の後、2人も続いて頷く。それを見てもなお不安そうにしてはいるけれど、先程ほどではない。あとは持ち前の切り替えの早さに頼れば良いだけだ。
 それよりも、話したかったことというのはこれで終わりなのだろうか。何か言いたげにしているあたり、違うのだろうけれど。主は僕らの様子を伺ったあとに俯いて、

「私なんかがこんなこと言うのも、変な話だけど。……皆の主さんって、志半ばで亡くなられてるんだね。
 ……おかしいと、思うんだ。そんなこと、あっていいものか」

 目を見張った。陸奥守君と顔を見合わせる。
 主の今の言葉は、まるで。歴史修正主義者側に、肩入れするようにも取れた。
 でもここで判断するのも早計。待つのは次の言葉。

「歴史修正主義者、おかしいと思うんだ」

 ほっと息を吐く。
 主、目的語は大事にしようね。とぼけた事も考えつつ、嗚咽混じりな主が続きを言おうと、だって、だって、と繰り返すのを聞いていた。
 まるで子供が愚図るようだ、と思う。間違ってはいないだろう。彼女はどうしたって子供だ、刀と人の子の年齢差を抜きにしたって。
 「歴史修正主義って、何を考えてそんなことを言ってるんだろう。助けたいのか、自分たちの都合の良い未来にしたいのか、他に何かあるのか、私にはわからない、けど」そんな主は、その前置きを話した。そして大きく深呼吸する。
 あのね。溜め込んだものを吐き出すように、乱暴かつ強い声で切り出された。

「何が修正なんだ。修正って。間違ったものを正すって。
 そりゃあ、結果こそ、満足いくものじゃなかったかもしれないけど。皆、頑張ってたんじゃん。
 ……頑張ったのに報われないのは辛いし、頑張った人が報われないのはおかしい、けど。
 でも、だからって、頑張った結果を、……駄目だって、他人に、否定されるのは、悲しいよ」

 私が、烏滸がましいことを思ってるのも、言ってるのも、分かってる。私がそう思うだけだ、子供の考えだと言われたっていい。──主はその言葉で終えたあと、頭を地に伏せて泣き出した。わあわあと声を上げ、背を震わせて。
 陸奥守君と五虎退君と僕とで、慌てながら主の方へ寄る。五虎退君はどうしたら良いのか分からなさそうに主の正面、伏せた腕ごしに畳に擦り付けられる頭のすぐ傍へ。陸奥守君は主の隣で彼女の背中をさすりながら、満足そうに嬉しそうに笑う。僕はその反対側で、主の頭を撫でた。
 陸奥守君が言う。

「おまん、しょうえい事を言うのう。そうじゃ、辛いことかもしれんけど、それが世界と言うもんじゃき」

 その声色で、陸奥守君が喜んでいることを主も察したはずだ。
 彼は、元の主の死を受け入れている。彼女の、志半ばで、という言葉は坂本龍馬によく合う言葉だろう。それでも元の主の影響か、陸奥守君は視野が広い。
 僕も僕で、彼女の言い分に言うところはない。政宗公のことをこそ取り分け好いてはいたし、別れは辛かったけど、色々な主の元を渡り歩くことになったことは良い経験だったとも言えるし、出会いと別れが付き物なのは誰の生だってそうだろう。あの時燃えたことも確かに痛みや苦しみはあったけれど、そういう運命だったというだけの話だ。加えて元々僕らは火から生まれたのだ、親への感謝こそあれ、恨みも恐れもない。そもそも何より、過ぎたことに執着し、後ろを向いて肩を落としているのは格好悪い。それなら僕は、前を向いて、現在を生き抜いていたい。
 なんといっても、刀剣男士として喚ばれてからというもの、ニンゲンの身体は興味深くて新鮮で面白いのだ。これを満喫して損は無い。
 しゃくりあげる彼女の耳へ出来るだけ優しく届くように、ゆっくり口にする。

「過去の否定は、その時代で生きた人に失礼だ。
 ここに喚ばれてすぐ、頭の中に現代知識や、色々な情報が流れ込んできたよ。その中には喚ばれた理由に関するものもあった。既に決定した過去を改竄することは、世界自体に影響を及ぼすんだ、とか。
 でもそれとはまた別に、僕はかつての主や、その周りの人々が尽力して作り上げた歴史を否定したくないし、されたくないと思っている。
 だからね、主。
 ──僕は主がそう言ってくれて、政宗公のことを知りたいと思ってくれて、とても嬉しいよ」

 彼女は身内に甘い。だから、身内が大切だとするものにも甘くなる。自分もそれを大切にしようとする。
 ……今まで名前しか知らなかった、いわば物語の中だけの存在の生涯を知ったことが、彼女の中で守るべき「人間」であると認識されるきっかけになったのかな、とふと思った。
 ──ああ、そうやって大切な相手を沢山に増やしていくこの子には、誰かの生を背負う仕事は荷が重いだろうに。
 震える背中は、こんなにひどく小さいのに。

きみをころす夢をみた

title by 秋桜 150615