幕間04
遊びに行った別れ際、彼は鞄を漁りつつ言った。
「終末日が近いから、それまで時間とれないかも」
「そう、なんですか」
「魔インとか電話はさせて、名前は俺の癒しだから」
「そ、う、なん、ですか」
「あと、これ。ハードとソフト貸すから、色々遊んでみて!」
「わ、かりました」
まさしく一喜一憂。会えなくなるのは寂しくて、癒しだと言われるのは嬉しかった。ゲームを貸してもらうのは、最近ゲーム自体に興味が出てきたような気もするし、彼の好きな物に詳しくなれるのと、彼が居ない間の繋がりが見えるのが嬉しかった。そして、しばらく会えないことの証明のようで、寂しかった。
アルバイトを夕方に終えた今日は、彼から連絡が来る時間帯までの間、借りたゲームの続きをすることにした。数本借りたソフトの中から、特に「視える」ものを選んでプレイしている。パッケージを見る限り、王道から外したストーリーのRPGであるらしい。
遊んでみると、システム自体はわかりやすく、ギミックも見当たらない。バイト仲間からは厄介な仕様のあるゲームの愚痴──クソゲーと言いながら、結局はいつも続きを遊んでいるようだ──を聞かされていたので身構えていたが、やはり初心者向けを選んでくれたらしい。
件の同僚が、「レベリングは大事、苦行だけど」と言っていたのを思い出し、名前は、主人公が旅立った街の周辺でひたすら雑魚を狩り続けた。
──ところで、悪魔は基本、飽き性である。単純作業の繰り返し、忍耐、周囲に合わせることはとても苦手だ。故に、名前の同僚はレベリングを「苦行」だと言った。そしてそれは、負けず嫌いのゲーマーならまだしも、普段ゲームをしないなら余計にキツい作業だろう、とも。
「…………レベル30」
レベルアップの音。主人公の名前横に表示される数字が1上昇した。ストーリーを進めず、仲間を加入させていない、主人公のみのパーティーである。こういったゲームは得てして、キャラクターのレベルが上がるごとに、次のレベルまでの必要経験値が増えていく。だからこそ、ストーリーを進め、より攻略の難しい敵を出現させることで、獲得経験値が増えていくようにデザインされている。
名前は未だ、一番最初のダンジョンどころか、その道中だ。ついでに言えば、行くべきダンジョンの推奨レベルは7程度である。
次のレベルまでの必要経験値を確認し、黙々とフィールドを歩く。ランダムで敵とエンカウントするまで、同じところをぐるぐると回る。
そうしていれば、時間がすぎるのはあっという間だった。
横に置いていたス魔ホが、ただひとりのために設定されたメロディーを奏でる。
「! はい、もしもし!」
「お、元気だねぇ。こんばんは、オリアス・オズワールで~す」
勢いのままにス魔ホの通話ボタンを押し、勢いのままに声を出した。片手で、ゲームのセーブをする。
電話越しに聞く彼の声は、様々なもので満ちていた。
「オズワールさん、疲れてますか?」
「バレちゃった? まあ、やっぱり忙しくってさ」
「お疲れ様です」
「ありがと。名前に言ってもらうと元気出るよ。……よいしょ」
身動ぎの音が聞こえた。座ったのか、あるいは寝転んだのか。
「ゲーム、どんな感じ?」
「ええと、今レベルさんじゅう……にです」
「ああ、じゃあ序盤ももう終わりぐらい? いいスピードだね。次のダンジョンは入った?」
「いえ、まだどこにも」
「…………どこにもって、どこにも? 一番最初すらまだだったりする?」
「はい。は、い、そうですね」
「……武器防具仲間縛りプレイでもする気……?」
呆然とした声に、名前は焦った。何か間違えただろうか。
「えっ、その段階だと主人公ひとりだよね? ヒーラーも居ないのに? 我慢強すぎない?」
「……学生時代にも言われました。自分では、楽しいと感じてやってる、と思うんですけど」
「ははー、見て分かる成長が楽しいタイプ?」
「ええと……。それもあるんですけど、……自分ではわからないんですけど、堅実だからって言われてます……」
学生時代に言ったことのある台詞を、ほとんどそのまま繰り返す。違うのは、家系能力を探るのが面白いと言った彼に、そこに関係する部分を伏せたことだ。
へえ、という感嘆が鼓膜を揺らす。
「君みたいな子が居て、教えてた先生は嬉しかっただろうなあ」
「そ、そうでしょうか」
「真面目で、勉強熱心で、楽しいって言ってくれる生徒。大歓迎だよ。俺たちも大体、好きなことを担当して教えてるからね。それを好きになってくれたら、教えてる側もなお楽しい。
それに、ほら、テストとかね。できる子の答案って、安心するんだよね……」
「お、お疲れ様です……」
やたら真に迫ったような声色は、まさにテスト期間だからなのだろうか。
彼は占星術の教師ということだったから、それ特有の苦労もあるだろう。名前が学生であった頃と指導内容が似ているなら、占星術は一年生の必修で、計算問題が多いはずである。慣れない時期の、一年生のテスト。採点に気を遣うことになりそうだ。
「オズワールさん、きっと丁寧に指導されてるんだろうなって思います」
「うわ、君に言われると超嬉しいな、それ。ちょっと照れちゃうけど」
「そっ、そうですか? でも、ほら、私が混乱してたときも、優しかったですし。親身になってくれる先生なんだろうなって」
「ちょっとちょっと、褒め殺す気?」
確かに、良い教師であろうと努めてるつもりだけどね!
そう続けられて、名前の胸が熱くなる。彼が立派なひとであるということが、なぜだか、とても。
「……オズワールさん」
「な~に?」
「オズワールさんの仕事、ひと段落して、それで、オズワールさんもゆっくりお休みしたら。……お疲れ様会……? というか……」
「えっ、いいの? すごくやる気出てきた」
そんなことを言って。元から、しっかり仕事をするつもりだったのだろうに。
名前は彼の仕事姿を見たことは無い。けれど、ほとんど確信していた。仕事とプライベートで性格がすっかり変わるというひとも居るが、同じ悪魔である以上、根本は変わらないはずだ。そして、名前が知る限りなら。
「やっぱり、オズワールさんは、素敵な先生なんでしょうね。ゲームが好きなのも。生徒にとっても親しみやすくて。強い、良い勝負相手で。
──一緒に居て、楽しい」
「……君は、俺と一緒に居て楽しいんだ?」
「はい。は、いっ。とても」
「そっか。嬉しい。俺も君と一緒に居るの、楽しいから」
いつもよりゆったりしたスピードの声。スピーカーの向こうで、呼吸音が聞こえる。マイクが拾うほど大きな息とは。
名前は思案して、壁に掛けた時計を見る。明日は週末だが、もう日が変わりそうだ。
「オズワールさん、もしかして、眠いですか?」
「いや、そんなことは無いよ。今のは、うん。名前と電話して良かったなっていうやつ。
あとでまた会議あるんだけど、頑張ろうって思えたよ」
「そう、なんですか。あ、準備……も、してそう、ですね」
「うん。できるだけ君と話してたいから、次の資料もまとめ済み。褒めて」
「はい、すごいです。ほんとに、熱心なんですね」
「…………」
「オズワールさん?」
微かな音ののち、電話口が沈黙する。まさか本当に眠ってしまったのではないだろうか。いや、真面目だろう彼が、会議前に寝落ちるわけがない。じゃあ、何か気に障っただろうか。
心配で呼びかけると、呼吸音と「嬉しくって噛み締めちゃった!」が聞こえてくる。ひとまず胸を撫で下ろし、そして、自分の言葉で喜んでくれたことに、嬉しくなった。
──……?
「あの、オズワールさんの家系能力って、感覚の共有とかではないはずですよね?」
「え、うん。違うよ」
「そう、ですよね……? 今の、オズワールさんが嬉しかったから、私も嬉しくなったってことじゃないですよね……、どうしてだろう……」
「……名前ってホント、ギミックある系のボスだよね」
「どういうたとえなんですか?」
意図がつかめずに聞いてみると、「いや、こっちの話」と返される。ゲーマーなら通じるたとえなのだろうか。ギミックある系のボス、のいるゲームをプレイすれば、自分にもわかるだろうか。今プレイしているゲームに出てくれば良いのだが。
彼の言葉は、意味を知りたくなる。──やっぱり、彼に、興味がある。
聞こえてくる笑い声の理由だって、知りたい。
「俺も、君が喜んでくれたら嬉しい。おんなじだよ」
「同じ、ですか?」
「うん。勿論、俺と君は別の悪魔だから、まったく同じってわけじゃないけど。
でも、ほとんど同じって言っていいものだと、……そうだといいなって、俺は思うよ」
彼の声色は、優しかった。そして、自分の願望、いや、違う。
何かを欲する、悪魔の声でもあった。
その何かが、名前にはわからない。けれど、ひとつだけ、わかるのは。
「……やっぱりオズワールさんは、良い先生なんだろうなあ」
電話の向こうで、また笑い声がした。