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夕食中のからかいをかわし、会議をつつがなく終わらせ、自室に戻ったオリアスは、さっそくス魔ホを手に取った。
名前の写真を撮ったのは誰か。その疑問に、焦りはない。
どこかに置き、時間を設定して撮った可能性だって考えられる。
もし、仲の良い悪魔が居て、──万一、その悪魔がオリアスにとっての恋敵だったとしても。
元よりオリアスは、名前の恋人でもなんでもない。よしんば恋人だったとしても、踏み入ることの許されない領域は存在する。
そして、オリアスは、悪魔だ。
ライバルが居たとして、オリアスには関係無いどころか、楽しみが増えたとさえ言える。壁は面白いものだ。困難なルートを突破してこそのゲーマー、悪魔。
オリアスの口角は上がっていた。
──とはいえ、今日の疲労を名前の声で癒したい。
『すみません。今日、電話は難しくなりました。メッセージでいいですか』
え。
先に来ていた魔インを確認して、オリアスは硬直した。名前の都合ならば仕方が無いのだが、カレーを食べたいのに家にも店にもハヤシライスしかなかったときのような、絶妙な惜しさ。もうカレーの口だったのに。『オッケー、今から良い?』と入力しつつ、ベッドの上で転がった。
『はい。今日もお疲れ様です』
『ありがと! 名前は今日何してた?』
『本家に来ています』
数分遅れてきた労いに、これはこれで癒された。続いての会話へ、目を留める。
──「本家」か。一人暮らしらしいとは聞いていたけれど、名家の出なのかな。……名家の子が、ゲームショップでバイト? 職業に貴賤はないとはいえ、名家はバイト先選びも厳しく言われそうなものだが。
──「来ている」って現在進行形なあたり、電話ができない理由もそれかな。周囲に他の悪魔が居るから、とか。
首を傾げ、無難に会話を続ける。「本家」というワードを誤魔化さなかったあたり、多少突っ込んで聞いてもよさそうだ。
『もしかして、あの写真も本家の方に撮ってもらったの?』
『はい。家族に』
『そうなんだ! 着けたところ見せてもらえてマジで嬉しい。写真ありがとね!』
家族ということは、恋敵ではないだろう。
想像していた存在が居なかったことに、安堵と、居ても良かったけどな、と矛盾した思考をする。
それから、無難な会話に、情報を引き出すものを混ぜ込んでいく。
その最中、オリアスは違和感に気付いた。
──なんか、元気無い?
電話や魔インの違いはあれど、最近はもう少し饒舌になってくれていた気がする。ほんの些細な違いだとは思えども、何かあったのかもしれないと思えば、気がかりを一蹴することはできなかった。
『名前、何か嫌なことあった? 話したくなければ話さなくて良いんだけど』
踏み入ってみる。勝負どころではあるけれども、動かなければ、善かれ悪しかれ変化は起こらない。
もしかすると、声色から元気の無さを見抜かれないために、名前は電話を拒んだのかもしれなかった。けれど、それでも、勝負に出た。
名前からの返信が止まる。考えているのだろう。想像して、今傍に居ないことを惜しく思った。それこそ、せめて声だけでも聞ければと。電話それ自体が好きかと言われたら、オリアスは否と答えるかもしれない。少なくとも、取りたてて好きなわけではない。
そして、名前が嫌がるのであれば、傍に居ることも、声を聞くことも、しないでいたい。
けれど、オリアス自身の欲としては、今はただ、もどかしかった。
オリアスがメッセージを送ってから、たっぷり10分。ようやく、ス魔ホが音を立てた。
『嫌なことがあったわけではありません。でも、オズワールさんは、どうしてそう思ったんですか』
『なんとなく。ちょ~っとだけ口数少ないかな? って』
『すごいです』
その言葉に、「嫌なことではない何か」はあったのだと察する。けれど言わないのなら、そういうことだ。
名前の問題すべて、自分が解決してやりたいわけではない。手助けはしたいけれど、名前には名前自身の主体がある。全て救ってやりたいなどおこがましい。それでもというのなら、自分が交渉方法としてゲームを好むように、相手のルールに乗っ取って奪うべきである。
ただし、元気が無いなら元気づけたいと思うのは、許されてほしい。方法さえ、勘違いしていなければ。
──今度会うときの話でもしようかな。
思案して、指を動かす。『今度のお疲れ様会っていうの、』
そこまで打って、画面が動いた。
『オズワールさんと仲良くなるには、どうしたらいいですか』
「────……」
──「オズワールさんと、なかよくなるには、どうしたらいいですか」
聞いたことのある泣きそうな声が、脳内で同じ言葉を読み上げた。
あのときも、オリアスは返答した。そして、名前はその答えに満足しなかった。
今も、そうなのだろう。あのとき満足しなかったぶんが燻り続け、再び表層に噴き出してきた。
そのきっかけになる出来事が、本家とやらであったのだろうか。対戦相手の心理だ、あらゆる可能性を考える。そして、どこまでヒントを与えるか、考える。
ある意味では接待プレイだ。次に動かせるコマとマス目を、さりげなく示してやるような。そのうえで自分の楽しみも奪わない、ごくごくわずかなヒントに留めてやらなければならないという塩梅が、ギリギリで、存外面白い。
『あえて言うなら、名前がそういう風に考えてくれるのが、俺は嬉しいよ』
だから、疑問は燻らせたまま、肯定してやる。焦燥と安心を、どちらも与える。
──仲良くなる方法が知りたいのに、仲良くなりたいと考えてくれるのが嬉しいなんて、答えになっているようで、なっていない。そう思うだろうね。俺はほんとうに嬉しいのに、君自身にはわからないから。
意地が悪いことをしているかもしれない。けれど、名前には自ら気付いてもらいたかった。
明らかに対人経験値の少ない名前だからこそ。
自分と名前が運命なら、困難であろうと名前からも手を伸ばしてほしかった。