04
遊戯師団の活動中のことだった。
生徒の悪魔が、お前あの子に気があるんだろとか、俺も誰と付き合いたくてさとか、そういう話をしているのが、オリアスの耳にやたらはっきり聞こえてきた。指導の際に手を抜くつもりは無いが、ただ様子を見て回るだけのときは、些か気が抜けてしまうらしい。これはいけない、と手近な生徒にゲームを仕掛けてスイッチを切り替え、その場を乗り切った。
だが、いつまでも、このような状態でいるのは、望ましくない。仕事に支障を出さない自信はあるが、自分の生活にとってはそうではない。名前のことを考えるのは幸せに感じるが、それだけで居続けるのは変化に乏しい。楽しさや面白さには、新鮮さが欠かせない。
──おでかけとか、誘っていいのかな~~……。
今日も今日とて、自室で考える。次の休日と、名前の休日が被るかどうか、“占星”を使わなければ、ただの賭けだ。この部分──明確に名前の気を惹こういう直接的な行動ではないもの──に関しては、能力を使うことに抵抗は無いのだが。
だが、いくら連絡先を交換したとして、店員と常連客の関係から進んだのかというと、どうだろうか。もし「そのつもりじゃなかったのに、勘違いされてキモい」だとか思われたら。現状、名前の思考回路がまったく読み取れていないので、どうとでも想像できてしまう。
怖気づきつつ、ス魔ホを弄ぶ。誘うかどうか迷い、開きっぱなしの魔インが表示されていた。
最後のやりとりは一昨日だ。珍しく名前からメッセージが来たものだから、「魔がりこ、ごちそうさまでした」の文字だけで嬉しくなってしまった。自分があげたものを食べてくれたというだけのことも、妙に嬉しい。真面目さや律義さも思わせる名前だから、社交辞令かもしれないとは思った。それでも、嬉しかった。
──俺、どうしようもないくらい、名前に惚れてる。
心の中で独り言ちる。自室とはいえ職員寮だ。扉や壁を隔てていようと、声に出すのは憚られた。けれど、改めて考えたというだけでも自分に自覚を促して、心臓をうるさくさせる。名前のこととなると簡単にトチ狂う自分には、未だ慣れない。こんなところ、マジで生徒に見せられない。教師にもだけど。
魔インを無意味に開いては閉じ、また開く。休日を合わせることならまだしも、誘い文句には“占星”を使う気は無い。
理由は言わずもがな。
たとえばもし、「たまたま」名前の好むワードが予測変換に出てきて、それを「たまたま」ぽんと押したとて、それはオリアスの本心ではない。自分の力ではあれど、自分の言葉ではない。舞い込んだ幸運だ。
まさか、“占星”無しに何かに臨むことで、心許なく感じるときがあるとは思いもよらなかった。ゲームならば、自分のプレイヤースキルで勝負するのがひたすら楽しいだけなのに。勝負に出るのは、面白いことのはずなのに。
現実とゲームが違うのは当然だが、それにしたって。
──それにしたって、だとしても、このままビビり続けていられるか。
魔インを開き、名前とのやりとりを表示させる。無難なメッセージを送るか、本当に出掛けるのに誘うかはともかく、まずそこからだ。
そういえば、ゲームショップで働いているなら、ゲームが好きなのだろうか。もしくは、レンタル品の方、ビデオや音楽が好きなのか。自分は、そんなことすら知らない。やはりその前に、日常会話的なやりとりを増やして、名前のことを知るべきだろうか。魔がりこ以外の、好きな菓子とか。あるいは、ゆくゆくはでかけることを見越して、カフェの好みや、魔物の好みなどを尋ねておくか。どんな娯楽施設に興味があるかどうかも。教師もよく使うマジカルストリートは本来なら避けたいところだが、やむを得まい。
どの話題を選択するべきだろうか。こうして選択肢が山ほどあるのも、ゲームとは違う現実の難しさだ。
と、ス魔ホが通知音。
画面が動いた。
必然、それは名前からのメッセージ。目を見張り、そこに飛び込んできたのは、
『どこかに遊びに行こうとか、誘ったりはしないんですか?』
「──していいんなら全然するけど!?」
叫んだ。数秒して、ここが自室で良かったと息を吐き、外に声が漏れていないことを祈った。
──本気であの子、何考えてるのかわかんないな。
再び嘆息し、画面を凝視する。魔インを開いたままだったので、あちらには既読のマークが付いていることだろう。返信まで、あまり時間をおかない方が良さそうだ。
『よければ、今度食事でもどう?』
『はい』
短くて素早い返事は魔インでも健在らしい。ここで、“占星”を使う。
『いつにする? 休日被る日がいいよね。俺が空いてる日は』
続けて数字を羅列し、送信。今度はすぐに返信が来ない。スケジュールを確認しているのかもしれないが、緊張してしまう。“占星”を使ったのだから、結果はわかりきっているのに。
数分の間をおいて返ってきた名前のメッセージは、『近いところだと、今度の週末も大丈夫です。今、緊急でシフト交代が入ったので』という文で締めくくられている。「たまたま」空いたという休日。能力がはたらいたことを確信して、魔力を切る。
『じゃあ、その日にしよっか』
『はい』
『時間と集合場所も決めなきゃね、お昼ご飯でどう?』
『はい』
頷く名前の姿が、頭に浮かんだ。悪魔なのに自分の「欲」で話す素振りが無く、肯定するばかりで、なんだか心配になる。
もっと我が儘言っていいのに。むしろ言ってほしい。俺を振り回すくらいでいい──今も、振り回されているが。
そもそも、常連客に魔インを簡単に教えるあたり、危機感も薄く感じる。こちらとしては好都合かもしれないが、もう少しガードが固くても何もおかしくないはずだ。他の悪魔にもこんなんじゃないだろうな。
はらはらしつつ、予定を詰める。駆け引きは勢いで押し切るのも大事だ。相手に考え直させる時間を与えてはいけない。名前の意思は尊重するけれども。
ひとまず大枠を決めて、会話を終える。『何か食べたいものあったら教えてね』への返事が難しかったらしく──何も聞かずとも良い店に連れて行くスマートさを見せろなどと思われていないことを願う──、名前の答えを待つことにしたからだ。
──結局、数日経てども当悪魔の答えは決まらず、「当日、その場で」という結論となったのだが。