05
──伊達と上杉。
いつか、もし、その二択を突きつけられたとき。
私は、どちらかを選べるのだろうか。
「なんでもない、よくある話です。
家臣が主に不満を抱き、謀反。ただし些か過激で、かなりの人数が斬られた。
結局、幸か不幸か、幼く力の無いひとりの子供だけが生き残ってしまった」
もうずっと昔のその出来事を、鮮明に覚えているとは全くもって言い難い。
浮かぶのは、赤黒い足元、伸びてくる腕、斬り伏せられる男。
抽象的な「恐怖」と、固く結び付けられた光景。
「子供は乱世を嘆き、世界の真理を問い、生き残りが居るという事実ごと身分を隠して、放浪の旅に出た」
「つまり義のために」
「義は好きですが直江殿の教え方はあまり好きではありませんし全く関係がありません」
「むう」
第一声がそれかよ。直江殿は相変わらずだ。目が細くなるのを自覚しながら切り捨てる。得心したような顔をされても、その勘違いは私の自尊心に迷惑だ。
……今回に限っては、この反応の方が良かったかもしれないけれど。もし哀れみなんぞ向けられたら、腹の立ち方は比べ物にならなかっただろう。
「しかし、良かったのか? 素性を隠しているのだろう」
ただ、心配そうな顔はされる。これは構わない。むしろ、馬鹿だけど馬鹿じゃないんだな、と安心に近い気持ちさえ覚えるくらいだ。
東北の、家臣の過激な謀反で滅びた家。そこまで分かってしまえば、家名を調べるのは難しくない。
それどころか、なんとなく、直江殿はもう察しがついているのではないだろうか、とも思う。ただなんとなく、の範囲だが。
私の家は、元から伊達と関わりが深かった。家が分かれば、直江殿には複雑な想いをさせるかもしれない。
それでも話しておくことに決めた。
「直江殿だって、前も今も色々と自分のことをお話しになっているでしょう。
それに、これは話しておかないと不公平じゃないですか。
……私は、どこの味方でもない。勿論、上杉の民でもない。
直江殿に私と関わる気がおありになるのなら、そこは覚えておいていただく必要があるかと思いました」
「上杉の民ではない、か」
「はい」
「今は、だろう?」
はっと直江殿を見る。彼は楽しそうに、にんまり笑んでいた。子供が目新しいものを見つけたときのような、そんな顔。
今の返答で察した。やはり彼は、私の素性に気付いている。
……では、もっと深いところはどうだろう。
どこにも着かない私が、この上杉と兄貴分の居る伊達という二択を不満に思う程度には、情を抱いてしまった、だなどと。
「……さあ。好きに解釈してください」
そこに気付かれてしまえば、困る。けれど、上杉にまた訪れた理由が理由な手前、否定することは出来ない。曖昧な答えを返しておいた。政宗にああ言われようと、私の逃避癖は健在なのだ。
ふんふん、と満足そうに頷く直江殿を横目に、そっと息を吐く。随分機嫌が良さそうだ。
素直になってみるならば、この人のこういうところは、まあ、嫌いではない。自分の感情を正直に見せ、しかもそれがやたらめったら明るい色をしているところ。元気すぎて煩いときもあるけれど。
明るい気を振り撒くのはきっと悪いことではなくて、だから、直江殿の周りには民や人が集まるのだ。かつて上杉への人質だったらしい真田幸村殿や、小牧・長久手あたりから石田三成殿も加わって、何やら楽しそうにしていることが増えている。志を共にしているという彼らは、よく話題にものぼるようになった。
あの話、ぶっちゃけ、なんか、面白くないんだけど。
それが顔に出ているのか、具合でも悪いのか、と聞かれることもしばしばある。それがまた面白くなかったりするから、直江殿と話すときの私は苛つくことが多すぎる。今日の和やかな雰囲気は珍しい部類だ。
幸村殿なんか、爽やかで真面目で正直で、好ましい人格なのにな。本人と話をしたら楽しそうなのに、なんで直江殿から話を聞くのがいやなんだろう。
「しかめっ面をして、どうした?」
「……何でもないです」
正面から顔を覗き込まれて、ふいっと逸らした。この男、人との距離感が近すぎる。未だ不慣れな近さだ。
直江殿は不思議そうに私を見ていたけれど、不思議なのはこちらだってそうだから、答えるどうこうの問題でもない。
人と深く関わってこなかったことのツケを払っている。世の真理とか、色々考えていたつもりなのに、こういうのはてんで分からないことばかりだ。
「……心配せずとも良い。不義の山犬も、いずれは豊臣に降るだろう」
「やまいぬ?」
「政宗のことだ」
「……山犬なんて呼んでるんですか……」
なにおかしなことを言うのかと思えば。
元の主君がどうことかで気を遣ったのだろうが、兄貴分を悪く言うような物言いは気分が良くない。あの自分本位な価値観による見識なのだから尚更。自分でも顔が険しくなっているのが分かる。
顔から力を抜こうとしていると、軽やかな声が耳に届いた。
「私は嬉しかったぞ」
「何の話ですか」
「自分について話してくれたことがに決まっている」
直江殿に視線を戻す。
いつだったか曇っていると称した彼のその瞳は違うことなくあの日のままで、なのに煌いて見えたのは、私の目の錯覚だろうか。
「私は名前ともっと仲良くなりたいのだ」
「……」
返答に窮する。真っ直ぐ向けられた笑顔に、あばらの奥が軋む心地がした。
……政宗に、私は「優しさを見せられればすぐ懐くような人間に成り得る」と言われた。
その通りなのだろう。
そんなだから、直江殿のこういう言葉に、あっさり心を揺さぶられる。
私がどんなに拒んでも踏み込んでくる直江殿が、腹立たしいのに、馬鹿だと思うのに、ほんとうには拒みきれなくなってしまう。
私を心配なんかして追いかけてきたとき、あれほど恐ろしかったのもそのせい。
好意だけは純粋なのだ、この男。
そう思うと無性にむず痒い。情を抱くまいと思わないようにするだけで、屈託の無い感情の受け取り方は随分変わってしまう。
それでも、それだから、たぶん、私はこの男をどんなに馬鹿だと感じても、嫌いきることはできないのだと思う。
「さて、では今日も語り合おうではないか!」
「貴方も飽きませんね」
「何を言う、友との語らいに飽きなどくるものか。さあ! いざいざ!」
「はいはい、今日も元気そうで良かったです」
「今日の話題は義と愛と気概にしよう!」
「ああもうほんと馬鹿な人だなあ!」
だからこそ恐怖は消えない。
……恐ろしいのは、二度とごめんだ。
────もう、失いたくない。