02

 名前に本丸を案内されている中で、小豆は着実に違和感を覚え始めていた。
 まず、屋外に出ている刀剣男士の数が少ない。
 縁側を歩き、中庭や厩、畑などの場所を案内されていれば、そこに刀剣男士の姿が一切無い様子にすぐ気付くことができる。最新設備を搭載しているだとかで、人の手を入れる必要が殆ど無いのだという説明は受けたが、いまいちピンと来ない。本丸内のあちこちにも、情報伝達用のスピーカーやマイクが取り付けられているそうで、これも刀剣男士が外へ出ないことに拍車をかけているのかもしれないが、それにしても。
 小豆がようやく己以外の刀剣男士に会えたのは、道場だった。手合わせをしている最中らしく、数振りの刀剣男士が木刀を振るっている。
 それは、驚くほど高い水準にある訓練だった。実戦を想定したチーム同士の戦いに、搦め手や咄嗟の判断力に応じた手が躊躇いなく繰り出されている。人の子を模した器は、常軌を逸した速度と力強さがあった。小豆はまだ知らないが、まるで本丸同士の演練のような戦いであった。いや、もしかすれば、演練よりもハードなものであるかもしれない。
 小豆は戦いをじっと見つめていた。己の中にある好戦欲を刺激されると同時に、ある疑問が主張し始めていた。
 ──このこどものほんまるにしては、あまりにもかげきだ。
 彼は、決して主を馬鹿にしているつもりではない。しかし、刀剣男士に備えられた一般常識と、戦の道具特有の感性は、小豆の疑念を裏付けていた。「己の主には、このような本丸を作り上げるほどの戦の能力は無い」と。

「……小豆さん」
「ああ、ぼうっとしていてすまないね。つぎはどこをあんないしてくれるのかな?」

 考え事をしていると、名前に声をかけられた。小豆は彼女と目を合わせるように屈み、微笑み返す。その笑みから逃げるようにして、名前は道場の外に目をやった。

「……外にも、訓練場がありますので」

 言われて、小豆も同じ方へ視線を移動させる。
 外での実戦訓練もしているということか。やはり、この本丸はなんだか、名前という主から受ける印象とはちぐはぐだ。
 これは尋ねて良いことなのか、少しばかり悩む。名前には気の強さというものがあまり無さそうだ。足場の悪いところに立っているような不安定さがある。何か事情があるのであろう事象に突っ込んで、困らせてしまうのは、今は避けておきたい。

「ねえ、ちょっと良い?」

 そこへ、新たな声が割り込んできた。声の主を見れば、正体は美しいかんばせの少年である。先ほどまで訓練をしていた刀剣男士のうちの一振りだ。

「加州清光様」
「その刀、新人でしょ。自分で案内するのは良いけど、この本丸の体制とかは俺の方が詳しいからさ。借りても良いよね?」

 小豆の視界の端で、名前の纏う空気が揺らいだ。……ほんとうに、不安定だ。

「……はい。合理的だと思います。よろしいですか、小豆さん」
「ああ、わかった」

 今の彼女の様子が心配だ。だが、件の疑問を解消するに関しては、この刀剣男士に聞いた方が良さそうでもある。「詳しい」と本刀が言っているぐらいなのだから。
 そう判断した小豆は、名前の問いに了承を返す。「では、私は執務室へ戻ります」と告げて踵を返した彼女の頭には、優しく手の平を置いた。顔は見えないが、名前の身体がビクリと強張る。そして、彼女はまたもや小豆を振り切るように、早歩きで道場を抜け出した。
 その背を見送りつつ、加州がぽつりと言う。

「……小豆さん、ねえ」
「どうかしたかい」
「いーや、仲良くなれたようで何よりだな、って」

 そうだろうか。名前はまだまだぎこちない気がするが。内心で軽く首を傾げながらも、小豆は加州に身体を向けた。加州はそれに応じるようにして口を開く。

「俺は加州清光。この本丸の初期刀だよ」
「わたしは小豆長光だ。よろしく」

 何はともあれ自己紹介を済ませる。そして、

「かしゅう。さっそくきくのだが、彼/彼女/名前は、いつもあのようなかんじなのかな」
「うわ、もう名前呼び」
「おかしかっただろうか」
「いや、むしろ良いことだと思うから。気にしないで」

 加州は首を横に振る。思わずといった風の言葉だったので、小豆も追求しないことにした。

「で、その質問だけど、そーね。
 ……どうも、うちは色々と縁が無い本丸みたいでさあ」

 続いて、加州は小豆の問いに答える。その肩は竦められていた。小豆は彼の言い回しにも疑問を抱いたが、話を聞く態勢に入る。
 加州の目が、すっ、と遠くを見た。

「この本丸には、『前任』が居たんだ」

 紡がれた声色には、寂寥の念が滲んでいた。

「堅物のじいさんだったよ。軍人あがりで、戦の才があった。私情とかも絶対持ち込まず、いわゆるビジネスライクって感じで、何十年もこの本丸を運営してきた」

 小豆は何も言わない。その先を察してしまっていたからだ。

「ただ、刀剣男士の顕現に関しては、霊力の相性が悪かったらしくてさ。うちは少数精鋭でやってきたってワケ。刀の数は少ないよ、ここは」

 今のところはね、と加州は付け足す。そして、何かを振り切るように、まだ言葉を続ける。

「……でも、死んでも死ななさそうな堅物でもさ、人の子は人の子だった。寿命が来ると、ぽっくり死んだ」
「……それで、『こうにん』として彼/彼女/名前がきたのか」

 加州の言葉のあと、幾許かの沈黙が訪れた。小豆はその隙間に、次の問いを挟み込む。加州は首肯した。その首は力無く、頷くというよりも項垂れるのに似ていた。加州の目線は、そのまま下を向いている。

「ぶっちゃけ聞くけどさ。
 今までロボか人型の兵器かみたいなじいさんとばっか長年接して、クセはあるけど戦上手で良い主だと心底認めて、そのやり方にも染まりきってたところに、突然ああいう小さくて戦のいの字も知らない子が来て。
 お互いうまく馴染めると思う?」
「……むずかしい、かもしれないな」
「かも?」
「わたしはまだ、とうけんだんしになってすぐだから。それに、わたしはこどもがすきなのだ」

 戸惑い、失望、やるせなさ、歯がゆさ、様々な感情を吐き出すかのように、加州は言った。小豆もどう答えたものか悩んで、最終的には率直な意見を述べた。最早ほんとうに項垂れてしまったらしい加州の肩が小さく揺れる。弱く短い笑い声が同時に上がった。

「子供好き、ね」
「すいーつをつくるのもすきだぞ」
「ああ、そ。……なら安心かな」

 いつまでもそうしているのはどうかと思ったのか、加州がゆっくり顔を上げる。彼の緋色の瞳は、諦念にひと匙の光を宿していた。それでも視線は下に落ちている。

「あの子に鍛刀を勧めたのは俺なのよね。
 馴染めない古株より、馴染みやすい新顔が居た方が、気が楽だろうと思って」

 なるほど、と思う。それは確かに、膠着状態を動かすには良い案かもしれない、が。引っかかるものを覚えて、小豆は僅かに眉を寄せた。

「面倒な役回りを押し付けて悪いけど、慣れるまでお願いしても良い?」
「……かまわない。こどものめんどうをみるのはすきだし、それがあるじにたいする、とうけんだんしとしてのつとめだろう」

 けれど、加州の頼みには色好い返事を返す。理由は、彼自身が口にした通りだった。小豆は既に、あの子供のことが気になっている。その感情は、人の子が「心配」と言うものだ。
 加州は小豆の答えを聞き届けると、ありがと、と感謝の言葉を述べ、

「それじゃ、うちの本丸の設備の説明もちゃんとするから、着いて来てよ。
 もう説明を受けたところもあるかもしれないけど、あの子は全部説明しきれるほど解ってないはずだからさ」

 そう言って、小豆を道場の外に促した。彼の斜め後ろに着いた小豆は、重苦しそうに問いかける。
 一番聞きたかったことは聞けた。
 だが、どうしても、まだ足りなかった。

「……『ぜんにん』のあるじは、いくさじょうずだったのだな」
「……ん。すごかったよ、昔のコネだとかで、今の最新鋭の機械まで導入して、ガンガン戦局を切り開いていった。
 ここは間違いなく重要な前線のひとつだった」
「じゃあ、なぜそのようなほんまるを、こどもがつぐことになったのだ」

 加州の歩みが、一瞬止まった。しかし、なんともなかったかのように、彼はまたすぐに歩き出す。

「……それについては、教えることはない」
「そうか、わかった」

 小豆は素直に頷いた。
 あの主の頭を撫でてやったとき、彼女が大袈裟な反応をしていたのを思い出す。真実について、まだ知るべき時ではないというのなら、今やるべきことをやろうと思った。

なにも意味はなくたって、君がやさしいとうれしいよ

title by afaik 181123