05
クーは気配に敏感だ。……それ、かっこいいけど、困るときもある。
だって、後ろから抱きつけない。イコール、クーを驚かせられない!
「名前、どうした」
「うーん」
私が背後に立つどころか、立とうとした……、ぐらいの時に振り返られる、というのを何度も繰り返している。しかも恐らくはわたしの思惑もバレていて、私を見下ろすクーはにやにやするのを隠しきれない様子なのだった。
これが大英雄と人間の違いかあ、クーかっこいい……、なんて噛み締めるのもオツなのだけど、たまには違う味を試してみたくなるものです。
そんなわけで、驚かせたい。でもできない。ちょっぴし悔しい。あの筋肉質な背中へダイブするためのハードルが棒高跳びのバー並みに高いところにある。あ、それだと下を潜り抜けられちゃうから、高いバーじゃなくって高い壁、が一番ぴったりな表現か。梯子とかも掛けられない、そう、ねずみ返しみたいなやつ。
「オマエも諦めねえよなあ」
「あ、やっぱりクー気付いてた!」
目一杯不満そうな声が出た。とうとうにやにやするのを隠さなくなったクーは大口を開けて笑って、しっかり私の方を向く。その少年みたいな快活な笑顔大好きだけど、悔しいのには変わらないからね!
だっていうのにクーは首を傾げて、
「なんだってオマエは、そんなにオレの背後に拘るんだ?」
「不意を突いて驚かせたかった」
「ンなモン、普段から割とやってるだろ」
今度首を傾げるのは私の方。クーの笑顔も苦笑いに変わった。小さく息を吐かれたのだけど、どうしてそんな反応をするんだろう。私、そこまで驚かせるようなことをしていただろうか。「あ、でも奇行には定評があった」思いついて納得する。そういえばそういうのもあった。
だけどクーは渋い顔をしている。
「確かにそれもあるんだが、オマエ変なトコで阿呆っつーか……。ずれてるっつーか……。一歩届かんっつーか……」
神妙そうに言われるものの、呆れられているわけではなさそうだ。疑問点の炙り出し、というか。
ただただ不可解そうなクーを見つめる。何事かを考えるクーもかっこいい。考え込む顔を下から見上げるの、すごくベストポジション。最近クーのことをかっこいいって言いすぎな気はしているんだけど、やっぱりかっこいい。
かっこいいクーはそのうちまあいいかとでも思ったらしくて、空中に投げていた視線をこっちに戻した。
「お前の愛嬌はそういうとこだもんな」
「そう?」
「そうだ。可愛い可愛い」
「クーはかっこいいよ!」
「そりゃどうも」
頭をぽんぽんと優しく撫でられる。思わぬ褒め言葉に口元が緩んでいたので、さらに頬緩ませポイントが加算された。ハイスコア。
もう後ろからだとかどうでもよくなって、真っ正面から抱きつきに行く。背中に抱きつくのはねずみ返しに阻まれたけど、驚かせるという終着地点にはあとで回り道でもすれば良いのだ。
そう結論づけて、今はこれを堪能することに決定。阿呆という言葉に乗っかって、阿呆みたいに頬を摺り寄せまくりまくるのだ。
「オレの後ろを取るのはやめたのか」
「別の手段を選ぶことにした! 驚かせることは絶対諦めないけどね!」
今さっきだした答えをそのまま言うと、クーは満足そうにうんうん頷いた。
「オマエはそういうのが良いし、そういうのに驚くぞ」
どうやらお気に召したらしい。しかも驚いているそうだ。
えっ、本当に? 私の目標達成してた?
「何がどうなってそうなるのか解せないけど、やったー? やったー!」
調子に乗ってすりすりを続行する。阿呆を貫いて良かった! 諦めが悪くて良かった!
「しっかし、何を愛嬌にするかは女の腕の見せ所だな。自分の性に合ったモンを選べば良いし、極めたいやつを極めたら良い。女の武器とは言うが、まさしく獲物だな」
「私の武器はクーの弱点を突けましたか!」
「弱点? ……いや、死角かねえ」
「やばい! 私強そう!」
背中は駄目だったけど、また別の死角があったとは驚きです。それこそ別の手段を選べていたわけで、我ながら凄い。私、気が向くまま生きてただけなんだけどなあ、ともちょっと思うけど、多分それが良かったってことだ。勘も馬鹿にできない。
「オマエとは気が合うのもそれなんだと思うんだよな」
自分で自分の言っていることに頷くクーがなんだか可愛い。クーと気が合うというのは私も思うので、私もうんうん頷いておいた。
それを見たクーが、なあ、と零す。
「愛してる」
「ツァー!」
仰け反った。そのまま床に背中からダイブ、をクーの腕が留める。彼は、おいおい、とでも言いたそうな顔をしていた。
「……驚いた?」
「驚くわ、そりゃあ」
照れ隠しの言葉を彼はそのまま受け取りながら、私の体勢を元に戻してくれる。そうか、驚いたか、良かった。
なんだか最初の目的地とはズレが出てきているような気はするけれど、クーがなんだかんだ楽しそうにしているから、もうこれでいいか、っていう気持ちでいる。