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「手入れとかどうなってるの?」

 ふと書類から顔を上げた名前の言葉に、源清麿は目を瞬かせた。ここしばらくは、この執務室で近侍を務めることが多く、手合わせ以外の戦闘は行なっていない。手入れをするほどの怪我などするはずも無かった。それに、どうなってる、とは奇妙な言い回しだ。まるで審神者ではなく、刀剣男士である自分が行うかのような。
 首を傾げる。内番着越しの素肌と、ヘアピンであらわになった左耳が、夜の空気にすっと凍えた。名前はそれに目をやり、「あー、ピアスのことだよ」

「ピアスホールって、開けてしばらくは毎日洗浄しないといけないって聞いたから。
 でも、刀剣男士として顕現した時点でピアス開いてる刀って、どうなってるのかなと思って」

 そこまで言われて、源清麿も合点がいく。ああ、と相槌を打ち、左耳に触れる。爪先がボールキャッチに触れて、かつりと音がした。痛みは無い。微笑んでみせた。

「『こう』顕現された以上、身体はこれで完成しているよ。
 もし戦闘中に千切れても、手入れ──主がしてくれる方のをしたら、また傷の無いホールに戻るだろうね」
「そっかあ」

 途中、イテテ、と自分のことのように左耳をおさえた名前も、最後には鷹揚に頷いた。大方、予想通りであったらしい。文机に書類を置いて、頬杖を突いた。休憩のサインだ。
 先程の源清麿のように、己の左耳に触れる。

「……私もピアス、開けてみよっかなあ」
「おや、興味があるのかい?」
「んー、まあ……」

 躊躇いと捨てがたさの混ざる、濁った返答だった。その根源となるものを読み取って、源清麿はそっと話を逸らす。

「開けるなら、みんなに了承をもらってからの方が良いかもしれない」
「え、ニードルならまずいかもと思ったけど、もしかしてピアッサーも『刃物』扱いかな?」
「刃物かどうかは難しいけれど、主の皮と肉を貫くことになるからね」
「あ~……。それはそうかぁ」

 名前は遠くを見るようにした。
 本丸に就任して間もない頃、包丁で手を切ったのだが、そのときの刀剣男士たちの慌てふためきように、道具の感覚と人の感覚の差を身につまされた、という話をしていたときと同じ目だった。

「……ねえ、清麿」
「何かな」

 逸らした話題が、元の主軸に戻ってくる気配。きっと、気を利かせて逸らしたのだ、とも気付いていなかったのだろう。名前のそういう鈍さを、源清麿は知っていた。
 名前が、重たげに口を開く。

「ピアスってさあ、穴を開けたところに皮が張って、空いたまんまのかたちで『治癒』するわけでしょ」
「そうだね」

 静かに相槌を打つ。
 名前はたっぷり時間をとってから、

「私にとっての『治癒』って、空いたまんまで治ることかな。
 それとも、排除されて、『元』に戻って、ピアス穴なんてできもしなくなることかな」

 ──名前の身体は、「人間」のものではない。そうではなくなってしまった。
 「審神者」の身体。人外のものらを従えるうち、名前の器は、そのように変容してしまった。
 「人間」でも「神」でもなく、しかし中ほどに位置する、特有のことわりを有する身体。
 そのことわりによって、名前の身体は、変容の完成した時点で「固定」されている。髪は伸びず、爪も伸びず、新陳代謝と言うべきものも起こらず、──怪我をしても、まるで何もなかったかのように消える。

「どうだろう」

 返答は、とぼけた言葉にした。わざわざ言わなくても解っているのだ。刀剣男士の傷が手入れによって直るように、そのように顕現されたときと全く同じ姿に戻るように、己もそうであることを。
 傷付くのなら、話題に上げなければ良いのに。答えがわかっている問いを外部に投げかけて、やっぱりね、なんて安心しなくても良いのに。最初から理解しているのだから。
 不器用な子だ。いくら身体が人のことわりを外れても、精神は未だ、うつろいやすく、未熟で、不安定な人の子のままだ。
 名前がふうと溜息を吐く。源清麿を見やった。

「清麿、ホール見せてくれる?」
「良いよ、ちょっと待っててね」

 肯定する。「道具」は人に応えるものだ。両手を左耳に持っていく。表側のボールキャッチを抑えながら、後ろ側のそれをくるくると回した。両端のどちらもネジになっているタイプだが、このピアスは後ろ側の方が外しやすい個体だ。物によってキャッチの外しやすさに違いがあるそうだが、清麿は自身が顕現したときから己に付属していたものしか知らない。
 ボールが外れた。手のひらにころりと受け止めると、名前が感嘆の息を漏らす。

「器用だね、見えないのに」
「慣れだよ。外すときより着けるときの方が難しいしね。それも最初の頃で、今は着けるのも慣れたけれど。
 ……はい、外れたよ」

 片側のキャッチはそのままに、シャフトを引き抜く。手招きすると、名前が膝でにじり寄った。

「触っても良い?」
「どうぞ、好きなだけ」

 道具に逐一許可を取るのがおかしくて、源清麿は微笑を僅かに深めた。耳に触れていた名前が、くすぐったかったかと聞く。それを否定して、続きを促した。
 ──本当は、満足するまで、と言ってやりたかった。けれど、名前の本当の望みは、源清麿では叶えられないところにある。もしも叶えようとするならば、時間遡行の領域だ。忠義のために不忠に堕ちる気などさらさら無い。
 だから、自分にできるせめてもの気休めで、名前が楽しんでくれることを祈った。
 

>>201031



201031 約30の嘘

○おまけ
軽装清麿のピアスがインダストリアルに見えると巷で話題になった件について、もしそれが現時点で確定情報だったら書いていたくだり(現時点では「耳の書き込みじゃない?」派)

・ピアス描写
 ロブにひとつ、ヘリックスからロブに通るインダストリアルがひとつ。爪先が長いシャフトに触れて、かつりと音がした。痛みは無い。微笑んでみせた。

・フェチ
 肯定する。「道具」は人に応えるものだ。両手を左耳に持っていく。シャフトをおさえながら、ボールキャッチをくるくると回した。わざわざ外しにくいインダストリアルに触れてから、ロブでも良かったかな、いや、主が最初に興味を示したのはこっちだものね、と思考し、自己完結する。
 ヘリックス側のキャッチが外れる。手のひらにころりと受け止めて、ロブ側のキャッチに取り掛かった。名前が感嘆の息を漏らす。
「器用だね、見えないのに」
「慣れだよ。外すときより着けるときの方が難しいしね。それも最初の頃で、今は着けるのも慣れたけれど。
 ……はい、外れたよ」
 シャフトの両端を引き抜く。耳の肉の中で、金属のずるりと滑る感触がした。

・水心子の反応
 後日、「私の代わりに着けて」と名前の選んだピアスを着けた源清麿は、親友に「き、清麿! 耳、耳に小さい矢が刺さっている!」と心配された。