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 疲れたんだよ。
 名前の声は吐息が多く混じっていた。髭切が耳聡く拾い上げていなければ、きっと大気に混じって消えていったことだろう。
 疲れちゃったんだ。
 彼の主はなおも、繰り返す。昼の日差しから逃げるように、机の下に潜り込んだ。
 ──この主は、顕現したばかりの髭切のことを、その性質からか、「適当に接して良い相手」と思っている節がある。
 たとえば、誰に聞かれたくない弱音を、こいつはきっと忘れてしまうか聞き逃してしまうだろうから、堂々とではなくとも、つい零れてしまったのを装って、漏らしてしまっても構わない、とか。
 ある意味で軽んじられていることを表すこの事実に対する憤りは、髭切の中には無かった。実際、髭切に、そこまで急激に上下するような情緒の豊かさは備わっていない。弟なら、兄が軽んじられることを怒っただろうが、この本丸には顕現していない。
 だから、誰に止められることなく、名前は髭切を近侍として傍に置くことで、他の刀には見せられない弱さを曝け出す時間を作り続けていた。
 ただ、髭切がなんとなく、主に執着してる、ええと、なんだっけ、さば折り君だったかが、嫉妬するかもなあ、嫉妬は良くないのになあ、とふわふわ考えるのみだった。

「……もう、つかれた」

 また、情けのない声。しかし、その発言に対して、事実は異なることを、髭切はもう知っている。「疲れた」は「疲れた」という切実な嘆きであるだけで、それゆえに物事を──命を──投げ出す理由にはなっていないのだ。
 名前は今日も、髭切の前でばかり弱音を吐き出して、他の刀剣男士の前では、背筋をしゃんとした姿を見せるのだろう。審神者としての意識ではなく、名前という個人の、理想の姿として。だからこそ、理想とはかけ離れた、現実の辛苦に魂を削って。現実の自分を厭いながらも嫌えず、理想の自分を求めながらも厭って。
 現実と理想の狭間で、こころのすべてを軋ませる。
 人間とは複雑な生き物だ。どちらかにすれば、簡単で良いのに。戦と同じだ。戦と同じ、複雑で苛烈な争いが、皮と肉と骨でできたやわい体躯の中で起こっている。
 その鍔迫り合いが起こす火花を、髭切はどこかで見てきた気がした。
 何十年何百年と、付喪として在る中で、人の傍に寄り添う中で、いつか、いくつか、いくつも。
 それは、自分にはどうしようもないやるせなさの吐け口として扱われることの、立派な理由に思えていた。



200710 約30の嘘