023

 他者の愛を喰らうゼパル家の悪魔であったゼゼにとって、愛とは叫ばれ贈られるものであって、自らが差し出す側になることは少なかった。華を愛でることはあれども、その言葉はあらゆる華に向けられるもののひとつひとつでしかなかった。
 けれど、今。
 ゼゼは、一世一代の告白というものを、したのだった。

「……へえ、私のことが好きなんだ、ゼゼ君」
「はい。俺は、名前先輩を愛しています」

 それは、普段の食事で自分の喉を通っている言葉と、さして違いの無い音の並びをしていた。そのはずなのに、食道ではなく気道を通らせるだけの違いが、いやに胸を締め付けた。
 昼の木陰の下、名前は意味ありげに笑う。一筋縄ではいかない悪魔だと、ゼゼはとっくのとうに知っていたけれど、これほどの緊張感もまた初めてのものだった。
 名前が、そっと首を傾げる。口元の半分を隠すかのように指先を添える仕草は、優雅で蠱惑的で。他でもないその唇に、自分への愛を囁いてほしいのだと、ゼゼは欲してしまっていた。
 
「ゼパル家のゼゼ君。君は、その言葉をどう思っている?」
「……尊いもの。そして、我々の糧です」
「そう」

 名前は笑う。微笑み続ける。これ以上なく面白いものを見た時の、悪魔の顔。自分の欲するひとが浮かべる表情としては、あまりにも。ゼゼの頭はくらりと揺れた。

「ねえ、ゼゼ君」
「はい、なんでしょうか」
「その告白って、どのくらい重い?」

 ──遊ばれている。
 ゼゼは直感した。名前とは、惚れこんでしまったぐらいには長い付き合いだ。だから、ひととなりもよくわかっている。
 名前の言葉は、裏側を読み取ってしまうならば、ゼゼへの侮辱、ひいてはゼパル家への侮辱だ。多くの愛を喰らい、糧にしてきたお前たちは、愛を差し出す行為の重みを理解していないだろう、と。
 しかし、名前は聡く、狡猾だ。ゼパル家の生態を理解し、尊重してもいる。これも長い付き合いの中でわかったことで、故にこそゼゼは名前に惹かれたのかもしれなかった。
 だから、ゼゼに向けられたこの言葉は、遊び半分、ただゼゼを試すだけのものだ。他者を試すなどという行為は無礼かもしれなかったけれど、この悪質な愉快犯ぷりが、名前という悪魔の性質だ。そう思えば、何も怒る気はしてこない。惚れた弱みとは、このことを言うのだろうか、と頭の隅で考えた。

「俺のあなたへの気持ちは、一生に一度のものだろうと確信しています。これ以後、あなた以上に惹かれる悪魔に、俺はきっと出会えないでしょう」
「へえ、そうなんだ」

 熱の籠もった、愛の告白。それでも、名前の余裕は崩れない。むしろ、なおさら面白いと言わんばかりに笑みを深める。
 名前が吊り上がるばかりの唇を、今度こそ全て片手で覆い隠す。ゼゼの顔を覗き込むように、身体を曲げた。
 その近さ。
 反射で息を詰めたゼゼに、名前が笑い声を漏らす。

「ゼゼ君は、私からの愛が欲しい?」
「もちろん、欲しいですとも」
「ふうん」

 相槌を打つ声は、もはや恍惚としていた。見上げてくる目の瞳孔が、すっかり開ききっている。
 ──ぞ、と。
 ゼゼの背筋が凍った。それが何故か考える暇も無い。名前がさらに顔を近付ける。

「ゼパル家の悪魔のおなかって、どうなってるのかなあ」
「ど、う、とは」
「穴があいたりしちゃうのかなあ、って」

 気圧されていた。その緊迫感は、愛するひとと接近したがゆえでもあったし、本能的な何か、別のものが理由でもあった。
 名前の手が、その口元を離れる。指先はするりと空気を撫でるように、ゼゼの胸、ちょうど胃袋のあるあたりへ触れた。
 紅潮した頬が、ゼゼの視界に入り込む。

「いちばん欲しい愛を得られなかったら、ゼゼ君はこの先ずぅっと、どんな愛をたくさん食べても、一生満たされないままになったりしちゃうの?」

 ねえ、ゼゼ君。そしたら、私はずうっとゼゼ君のお腹のなかだね。
 名前の歌うような声。本能は警鐘を鳴らしたまま。
 けれど、ゼゼの頭は熱に浮かされたよう。場違いなぐらい眩い陽射しに、目が眩んだ気がした。



220715 約30の嘘