16
彼と恋仲になったあの日の夜は、お祭り騒ぎだった。
今まで出来なかった分とでも言えばいいのだろうか、光忠は私を離そうとせず、前田が夕餉の報せを戸越しに持ってくるまでずっと抱き合った状態だったりして、心臓が大きく鼓動を打ち続けるのが痛いくらいで。それでもどうしようもないくらい幸せだったから、こんなに幸せなのがこれから毎日続くのかと思うといっそ怖いくらいだった。
腕を解いた光忠は、「手を繋いで行こうか」と今度は手を差し出した。一気に顔に熱が集まって、差し出された手に重ねようとした自分の右手はかたかた震えていた。それを宥めるように光忠が絡めた指でそっと手を撫でてきたのが余計にどきどきして、うん、意識するようになったのはあの一件以来だけど、そこに自分の恋心への自覚が加わると恥ずかしさと愛おしさが増して破壊力がひとしおである。
ふわふわ浮ついた私の頭は、その状態で広間に行けば皆に何を言われるのか全く想定出来なかった。
「くっついたなら早く言え!! 宴会の準備が出来ただろうが!!」
鶴丸さんがそんな大きい声を出すのは初めて聞いたってぐらいの絶叫だった。そう思った私も次の瞬間には現状を理解して、思わず光忠へ振り向けば彼に微笑みかけられた。
その意図を掴めないでいればそっと肩を抱かれ、
「おかげさまで」
「ちくしょう、折角夕餉当番だったってのに!」
「かこつけて騒ぎたかっただけじゃないのかい?」
「ぐ、まあそれもあるが! 弟分と孫を祝いたい気持ちはちゃんと、
……なあ光忠、名前が固まってるぞ」
「あはは、恥ずかしがり屋さんだからね。可愛いだろ?」
指摘されて漸く自分の思考停止に気付いた。ついでに可愛いとか言われてしまったのが急速に体温を上げて、頭がぐらぐらして、足元もふらふらして、それを光忠が抱き留めて、近付いた距離にもっと熱くなって、上から降ってくる笑い声に耐えきれなくなって真っ赤になっているであろう顔を手で隠した。
刹那、広間から歓声。声が被って聞き辛いけれど、ようやく、とか、おめでとう、とか、とにかく祝いの言葉ばっかりなのは分かった。恥ずかしいことこの上ない。
一期や歌仙や蜻蛉切さんがそれを止めにかかっても大騒ぎは鎮静化せず、光忠の「ご飯が冷めるよ」で少しだけ収まった。最古参は強い。その間に広間へ入って、やっとご飯にありついた。
その後も、私の「光忠」呼びを聞いた皆によってまた大騒ぎが始まったり、どうやってくっついたのかを聞かれたり──恥ずかしいしあの思い出はふたりだけのものだし話すものか!──、困惑する出来事はまだまだ沢山あった。
でも、それが幸福な現実を再認識させられるようで、嬉しかったのも事実だ。
──というのが、まあ、あの日の後日談と言ったところだろうか。
「考え事ですか?」
「ああ、長谷部。休憩中だったもんだから。長谷部は?」
「手が空いたので、何か仕事はないか伺いに参りました」
「なら長谷部、主命だから私の休憩が終わるまで雑談しよう」
「……はい」
書類整理の休憩を謳って畳の上でゴロゴロしていたところに、長谷部が通りかかった。相変わらずのワーカーホリックっぷりなので休ませることにする。ちょいちょい、と手招きしてみると、逡巡したあとに入って来てくれた。
主命を装って休憩させようという私の嘘は下手くそで、長谷部も確実にどういう魂胆か見抜いている。前の長谷部だったらすぐに断って仕事を続けようとしてくれちゃっていたのだけど、今は私の言葉だけで従って休んでくれる。感慨深い。
「……えっと、主。何を考えていたのですか」
こうやって、向こうから話を振ってくれるのもそうだ。
前の長谷部だったら、他の刀剣が言いくるめてくれて漸く休憩をとっても、雑談なんてしてくれなかっただろう。
正座をする長谷部に、私も寝転がったまま話すのはな、と起き上がって適当に座る。
「やー、光忠とのこと考えてた」
「燭台切との……」
私の言葉を反芻して、長谷部はちょっと顔をしかめた。長谷部はどうも、光忠に対して当たりが強い節がある。光忠はそれを「対抗心だろうね」と言っていた。へんてこな名前に思うところがある同士で親近感があるらしいけれど、話は合わないだろうし対抗心があるみたいだし、だとかなんとか。燭台切みたいに社交的なタイプでも仲良くなれない相手というのは居るんだな、と思ったものだ。
そんな長谷部は、固い声を出す。
「……主は、あの男のどこを気に入っているのですか」
「光忠の?」
今度は私が反復する番だった。はい、と頷く長谷部に困惑する。長谷部って色恋沙汰に興味があったのかな……。
不思議に思いつつ、思考を巡らせる。恥ずかしさはあれど答えない理由にはならないから、なんと言うべきか考えた。どこを気に入っているかといえば、つまりどこを好きかと言えば。
「……よく分からないかなあ」
「分からない、とは」
首を傾げる長谷部。
うん、私もそういう反応をするしかないところだと思う。
どう説明するべきか、言葉を組み立てる。長谷部は正座したまま私の言葉を待っていた。
「んん。言い方が難しいんだけど、自己暗示が解けたばっかりだから、どこが良いとか思う経験がまだ少なくて。色恋沙汰にも疎かったから、男の人のどこに魅力を感じるのかっていうのもよく分からないし」
何よりね。
そこで言葉を切って、
「好きなところ、ってどこか取り立てて言うとさ、相対的に他のところが下がるじゃん。それは違うんだ。私は、……。
ああ、うん、……つまり全部好きだってことかなあ」
言う途中で自覚した感情をその場で言葉にした。言ってから猛烈に恥ずかしくなる。赤くなった頬は長谷部には見えているだろうけれど、それでも自分自身を誤魔化したくてへらりと笑みを作った。
長谷部が面食らったような表情をしていて、我ながらいたたまれない。
その数秒後、長谷部の言葉に私は固まった。
「燭台切も同じことを言っていました」
「は」
「全部好きだ、と」
「え」
衝撃の事実。
え、いや、そんな、マジで?
てっきり、ダメダメな私にどこか長所を見出してそこを好きになってくれた、他には目を瞑ってくれたんだと思っていた。でも全部ってことは、駄目なところも含めて好きでいてくれているってことだ。
光忠って、なんというか、物好きだなあ。
そう思うと同時に、胸にふつふつと湧き上がる羞恥と歓喜と安心感。汚い私を幻滅するのではなく、譲歩するのではなく、好きだと言ってくれる幸福。
「……参ったなあ」
私、光忠に幸せにしてもらいすぎだ。
顔が勝手にへにゃへにゃとした笑みを作る。隠すように頭を抱えてみれば、長谷部の「俺は、主がなぜ燭台切を選んだのか、ずっと考えていました」という言葉が耳に届いた。
そんな事を考えていたのか。驚いて、下げたばっかりの頭をすぐに持ち上がる。
澄んだ藤色が真っ直ぐこちらを見据えていた。
「燭台切が一番の臣であったから主は奴に恋情を抱いたのか。ではもし一番の臣が、このたとえは無礼ですが、たとえば俺であったら、主は俺に恋情を抱かれていたのか」
長谷部の言葉は言い慣れたように淀みがなくて、本当にずっと考えていたんだなと分かる。
私は黙って聞いていたけれど、違うな、と思った。たとえ長谷部を一番の臣として信頼していたとしても、私は──。
「感情を言葉にする行為は不得手なので上手く言えませんが、燭台切の言葉と主の言葉、双方を聞いて不思議と納得出来た気がします」
「──うん、そうか。よかった」
「はい」
長谷部は頷いた。私もつられてひとつ。
確かに長谷部はすっきりとした顔をしているように見えて、やっぱり照れ臭くなった。
ちら、と長谷部が壁の時計を見やる。私も時刻を確認すれば、そろそろ再開すべき時間を指していた。
長谷部がまた頷いて、ゆっくりと立ち上がる。ウォームグレーがさらりと揺れた。
部屋から出て行こうとする長谷部は、最後に一礼して、
「俺は、貴女の家臣ですから。
燭台切が狼藉を働いたら申し付けください、圧し切ってさしあげましょう」
そんな物騒な台詞を残して行った。
汚れ仕事に抵抗が無いのも相変わらずか、と喜ぶべきか微妙な顔をするべきか悩みながら、机に向かう。
……有意義な時間だった。ただだらけるばっかりの休憩も好きだけれど、こういう密度のあるのも悪くない。何より今回は、良い事を知れたし。