14
あの人のものによく似た金色を細めて、目の前のそいつは言った。
「いつまで見ないふりをするつもりだ」
孤独を望んで、言葉もそっけなく、けれどいつだって優しい色を瞳と声に乗せている。それがこの大倶利伽羅という刀剣男士で、私は存外気に入っていた。
なのに積極的に関わらないようにしてばかりだったのは、ただ単に彼の「放っておいてくれ」を実行していたというだけの話。
大倶利伽羅の方も自身から話しかけてくることは早々なかったから、先の言葉にまず受けた印象は「珍しいな」という的外れなもので、それによって返答が遅れた私を、彼は根気よく見つめてくる。
とりあえず、縁側にて花見をしながら団子を食べている身だった私は隣を勧めてみた。桜と団子、これに抗える者は居るまい。お茶が無いのが致命的だし、一部の刀剣男士なら酒が無いと抗いそうだけど。
酒飲みではない大倶利伽羅は案の定溜息を吐いて、私が指し示したのより少し遠い場所に腰掛ける。皿ごとみたらし団子を差し出すと、1本受け取って齧りついていた。
「で、えっと、見ないふりだっけ」
「……ああ」
さて、大倶利伽羅が話しかけてきたという驚きに気を取られていたけど、内容を考えてみると中々意味深な言葉である。このタイミングでこういう事を言ってくるあたり、燭台切のことなんだろうなあ。大倶利伽羅は優しい奴だから、見兼ねて声をかけてくれたのかもしれない。
ひらひら舞う桜の花びらを目で追いかけて、けれど途中で諦めながら、横から団子に歯を立てる。根元に近いところに刺さってるのって、上にずらさないと食べにくい。ちょっと汚い食べ方な気もするけど、今ここに咎める人は居ないし。勿論のこと、燭台切のことである。
話を戻そう。
見ないふり。燭台切について、私が。
……お前は燭台切に対して自惚れているのだ、と言われたら反論のしようがない。ほら、迷惑かけっぱなしだし、燭台切なら許してくれると思っている節は多々あるし、うーん、だから。
──本当に、燭台切が私を好きになってくれるだなんて、思ってもみなかった。
「あんたは、光忠のことをどう思っている」
大倶利伽羅は桜から視線を逸らさない。私もその横顔はちらりと見るだけで、すぐに視界を一面の桜に戻した。
どう思っているか、と聞かれたら。それは。
「好きだよ、勿論」
燭台切は、私が初めて鍛刀し、初めて喚んだ、最も信頼を置く刀だ。
格好良く在ろうとする姿は生き生きしていて、実際誰よりも格好良い。皆に優しくて、気遣いが出来る。その距離感も相手によって変えていて、その具合が上手い。どんな仕事も真面目に、それでいて楽しそうにやる。格好悪いと自分を恥じる言葉は茶目っ気を混じらせて、聞く人に気を遣わせないようにする。負の感情はパフォーマンス染みていて、例えば呆れたような溜め息なら、わざとのもの。実際に呆れてたりなんかしない。円滑なコミュニケーションのための云々だ。……私に自分の望みを言わないのも、負担をかけないためとかの気遣いと、なにより私なんかが手を貸さなくても良いということだろうなあ。
我ながら、私って燭台切のこと、よく見てるんじゃないだろうか。私の目利きが全部当たっているとは思わないけど、燭台切がすごい存在だということには変わりなかろう。
大倶利伽羅の身動ぎに意識を取られる。団子の残っていない串が、皿の上に置かれていた。私が食べていた方は、考え事をしていたせいでまだ残っている。
「なら、俺のことはどう思う」
「えっ、好きだよ」
無論、大倶利伽羅が私をどう思っているのかは分からないけれど。私は好きだ。うちの刀剣男士のことは皆好き。言うなれば、家族のような存在だろうか。位置を割り振ると女性が全然居ないことになるけど。
……家族、というと思い出すワードがある。「兄さん」だ。
団子の最後の一欠片を口に運ぶ。弾力のある触感が歯を僅かに跳ね返そうとしてくるのを感じながら、また思考にふけることにした。
燭台切のことは、兄さんのように思っていた。だけど、彼は自分を男だと言って、それを否定した。
明確に、「僕は兄さんなんかじゃない」とは言ってないよな、と。ふと気づいたけれど。ん? けれど、なんだ。けれどそれは関係ない、と済ませていいことか? 違うだろう?
────待て、私、記憶を改竄していないか?
ごくり、口の中の物を嚥下する音が、いやに大きく聞こえた。
「あれー……?」
呻いて、縁側に横たわる。大倶利伽羅はそれを一瞥しただけで終わった。あー、これ答えを出すまでここに居てくれる感じなのかな。優しいな、今度またおやつをお裾分けしよう。それとも夕餉当番に頼んで、味噌汁に凍み豆腐を入れるよう頼んでみようか。伊達家に居た刀全員の好きな具だと鶴丸さんが言っていた。私もあれは好きだ。閑話休題。
あの日の燭台切の言動と、私の認識の差異を探しておきたい。思い出すのも恥ずかしいけれど、遡ってみるべきだ。
そうやって考えてみて、気付いたことが、ひとつ。
思えば、私が揺さぶられるきっかけとなった言葉は「僕に触れられるのは嬉しかった?」だった。それを私は、「僕と一緒に居るのは嬉しいか」に捉えていたように思う。なんというか、全然意味が違うのに。
触れられる喜び。共に居る喜び。どちらも家族愛だととることは容易い。でも私の印象では、前者は、まるで。
──恋い焦がれる相手に感じることのようで。
「む、り」
キャパシティーオーバー。エマージェンシー。頭の中でサイレンが鳴りっぱなしだ、赤い光がぐるぐる回る。ついでに私の顔も赤くなっている気しかしない。
体を折りたたんで、縮こまって、頭を抱える。視界に移る桜の花びらがハート型にさえ見えて、ええい、なんだこのロマンチック脳は。
ああ、もう、どういうことだ。
──私は、燭台切に恋をしていた?
そう思ってみれば、すとん、と。空いた隙間に、ぴったり嵌るような心地さえする。
嘘だろう。いつからだ。きっかけと成り得るだろう出来事がありすぎて、どれだか分からない。そうだ、私は。気付いた時には燭台切を好きになっていた。
あの誰よりも何よりも格好良い男に恋い焦がれるなんて、私なんかが高望みをするようなことでしかないのに。……あ、そうか。だから、か。
叶わない恋だと初めに諦めていたから、彼への想いを兄弟愛だと言い聞かせたのか。恋が叶わないことで、自分が傷つかないように。
一度気付いてしまえば、あとは芋づる式にピースが埋まる。
もしかして、燭台切がわざわざ明言せずとも「兄じゃない」と伝えてきたのだと認識したのは、私自身、本当は最初から「兄じゃない」と思っていたからか。
あー、これは、駄目、駄目だ。
「大倶利伽羅、私、もしかして、燭台切のこと」
「言うな」
強引に言葉を打ち止めされる。吃驚して彼の方を見れば、真剣さを帯びた目が此方に向いていた。
なんだ、そんな甘い話を聞かせるなってか。
大倶利伽羅は私を制するように数秒見たあと、ゆっくりと立ち上がる。もう行くのか、最後まで付き合ってくれてありがたい。
だけど、頼みがある。
名を呼んで呼び止めれば、彼は踏み出そうとしていた足を止めた。私に背を向けたまま、要件を聞こうとしている。
「私、今から自分の部屋に戻る。だから、申し訳ないんだけど、燭台切を私の部屋に呼んでくれるかな。書庫に居るはず」
しばらく本丸内の仕事をあれこれと任せていた分、燭台切はお休みの日だ。朝、ネクタイを結ぶ私の腰に手を回しながら、今日は書庫に居るから何かあれば呼ぶんだよ、と笑っていたのを覚えている。
確かに、何かあるので呼ばせてもらおう。
私、半ば自棄になっているのだ。今まで目を背けていた自分への呆れで一杯なのだ。
だから、今勢いがあるうちに伝えたい。きっと今を逃したら、私は言いだすタイミングを見失う。
大倶利伽羅は何も返すことなく一歩進んだ。了承してくれたのか分からずもう一度呼び止めようとする私に、
「さっきの言葉の続きは、まず光忠に言ってやれ」
……ああ、だからこの場で言わせまいとしたのか。俺に言わず光忠に言え、と。
正直ものすごく恥ずかしい。今なら分かる。応援してくれた堀川、今手助けしてくれた大倶利伽羅はもちろん、本丸の皆が私の恋心というやつに気付いていたのだろうということが。
穴があったら入りたい、とはこういうことか。都合よく、突然庭に穴が空いてくれないものか。歌仙あたりが顔を引きつらせるような景観になりそうだ、なんて。
現実逃避をしていても、仕方がない、よね。燭台切が私の部屋へ来る前に、部屋に戻らないと。身を起こす。
寝転がったことで乱れた髪が煩わしくて首を振れば、はら、と落ちるものがあった。桜の花びらだ。その形はやっぱりハート型に見える気がするというか、ハートが落ちるってなんなんだよ! 恋に落ちることの隠喩のつもりか! そんなんじゃない、馬鹿みたい、違うんだ。違うんだ。だって、恋に落ちてなんかいやしない。もう、とっくの昔に落ちてたんだよ。