03
オリアス・オズワールは、自分の様子がおかしいことを自覚していた。
「……名前に、“占星”使いたくないと思ってるよね~……」
自室で横になりながら、ス魔ホを眺める。そこには先日交換した名前の連絡先が表示されていて、あれが夢ではなかったことを証明している。現に、あれから何度か、他愛のないメッセージのやりとりをしていた。
やっと手に入れた、明確な繋がり。そこからもっと仲を発展させるために、“占星”は間違いなく有用だ。メッセージひとつとっても、名前に好かれるような文言を、心になくとも「手が滑って」「たまたま」送ることが可能だろう。あるいは、「たまたま」通話ボタンを押したら、名前も通話して構わない時間だったとか。
だというのに、魔力を使う気が起きない。
一番初め、名前の誤解を解こうとしていたときもそうだった。
“占星”を使えば、弁解しやすい状況が作れていたはずなのに、使わなかった。
自分の家系能力にコンプレックスがあるわけではない。利用できるときは存分に利用する。……家名を聞かなかった名前は、恐らく誤解したのだろうが。
なのに、自分は無意識のうちに、“占星”を使わないようにしている。
その理由が、ピンと来ない。
自分が、意図して能力をオフにするときを考える。
たとえば、ゲームをするとき。攻略する楽しみを、“占星”が邪魔するからだ。自分のゲームスキルだけでクリアしてこその面白みというものは、確実に存在する。では、名前に対してもそうなのかと言うと、半分ほどは合っている気もするが、完全な解答とは感じられなかった。どうにもしっくり来ない。
もっと掘り下げて、“占星”とは何か、について。
必ずあらゆる幸運が舞い込む、自分の家系能力。
それが色恋沙汰にも適用されるのは、疑いようもなく──。
「…………ゲームしよ」
教師として、自己分析という名の自己研鑽は怠れない。自分の行動に引っかかりがあるなら、それを解き明かさなければ、いつか足を掬われるかもしれない。
一方で、他の悪魔に相談するのも、今回は「名前」という存在が関わっている以上、絶対にできない。してなるものか。想いを寄せる相手が居ることも、当悪魔のことも、誰にも知られたくない。からかわれることへの忌避と、余裕の無い独占欲。大体、ゲームショップに通っている自分とて名前すら知らなかったのに、顔を見知らぬ間柄の悪魔に本名を教えるのも癪だ。名前が勤めているのが、客とのトラブルを避ける──無論、恋慕が過ぎてのストーカー行為も含むはず──という意識のある店であることは、いくらか良いことだと思うが。
けれど、考えるのを一旦置いておいて、息抜きをすることも大事だ。思考が煮詰まった場合、存外、別のことをしているときにヒントを得たり、答えに気付いたりする。
先日購入したゲームソフトをハードに入れて、起動する。新しいゲームを始めるときのワクワク感は、それでしか得られないものがあった。
ゲームをする時間が取れるまでの間、ネタバレを“占星”で避けながら集めた情報によれば、王道RPGのはずだ。主人公が居て、主人公と良い仲になるキャラクターが居て……。
登場キャラクターの名前を決める画面になって、俺が子供だったら名前の名を使ったんだろうか、などと考える。青すぎて、想像するだにいたたまれなくなるが。
明日も学校関連の予定があるから、切り上げられるときに切り上げないとな。
時計を見れば、思っていたよりずっと夜更けに近い。名前と“占星”の関係について、予想していたより長く考え込んでしまっていたらしい。やってしまった。折角ゲームで興が乗ったとしても、これからというところで終わらせないといけないかもしれない。数日プレイできずお預けを食らい、ようやく開始できたというのに。
かといって、名前に関することのために時間をつかうことが間違っていたとは、到底思えない。
こういうの、マジで頭をおかしくさせるな。
自分のていたらくに舌を巻く。けれど、それもどこか幸福なことだと感じてしまうのだから、まったく。
思考を横道に逸らしつつも、ゲームを進める。元々聞いていた、王道との評価通り、ストーリーも旧き良きファンタジーだ。戦闘はしっかり頭を使えるのも良い。やはり王道には王道の良さがある。
プレイできる時間が決まっているからと、急きながらも、ストーリーは零さないでおく。
と、主人公の少年と、彼がいずれ結ばれることになるキャラクターの出会いイベントが始まった。美麗なムービーと共に、キャラクターたちが会話をする。
美しい悪魔との出会いに、主人公が目を輝かせ、熱を籠めて言い募る。
「オレ、君と出会えたことは偶然や奇跡じゃないと思う。
これは、運命だ!」
「……………………」
オリアスは、閉口した。
熱血少年のような主人公の言葉に、呆れたわけではない。いや、ある意味ではそうだった。
──偶然や奇跡じゃない。
──これは運命だ。
────俺は、名前に関して、自分の元に幸運を運ぶ“占星”を使いたくない。
画面をスリープモードにして、枕に顔を埋めた。大きく吐いた息は当然枕の表面を広がり、顔面に降りかかる。
その熱さを感じる暇もないほど、オリアスの顔は熱を持っていた。心なしか、耳までじわじわこそばゆい。
少年時代の自分だとか、そういうものを気恥ずかしく思っている場合ではなかった。今、そう知ってしまった。
「俺って、我ながらロマンチストぉ~~~~…………」
自分で自分を茶化す、苦し紛れの足掻きが、枕に吸い込まれていった。