09
刃は、カフカに問いかけることにしていた。
「名前の運命は、俺の傍では安定するのではなかったのか」
「あら、何かあったの?」
「……俺の知らぬ間に、死のうとしていたらしい」
「まあ」
カフカは目を丸くして、口元に手を当てる。仰々しい仕草に、刃は腕を組み、目を細めた。その不満げな姿すら面白いらしいカフカは、くすくすと笑った。
「あの子の運命が安定したのは、つい最近のことよ。それまでは、刃ちゃんの傍が比較的安定するというだけだったの」
「……」
「安定した今だからこそ分かることがあるわ。名前が死のうとしたなら、それが正しい運命だったってことよ」
「…………」
「不服そうねえ」
刃の表情を、カフカは見て遊ぶ。さらに遊ぼうと、言葉を続ける。
「あの子の運命が安定したきっかけって、一体、何があったのかしら?」
「…………」
「エリオは、刃ちゃんと名前が恋人になった、なんて言っていたけれど」
「………………」
刃は、口元を真横に引き結んだ。そのわかりやすすぎる反応に、カフカは対して口端を釣り上げてみせる。──「愛の力」と言えば聞こえは良いけれどね。
「……ねえ、刃ちゃん。貴方、これには気付いているかしら」
「……何がだ」
「あの子の力を使えば、魔陰の身も治せるのよ」
「!」
刃が目を見開く。彼の表情には、お前がそれを言うのか、と書いてあって、カフカは頷いて返した。
今、刃の魔陰は、カフカの言霊で縛ってある。出会ったとき、そう契約したからだ。しかし、カフカは、その契約を脅かす内容を自ら口にした。それが、刃には解せなかったのだろう。
カフカは唇に指先を添えた。
「あのね、刃ちゃん。私としては、どっちでも良いの。私が魔陰の身を縛るのも、名前に治してもらうのも。
ただね、『名前と貴方を引き合わせたのは星核ハンター』よ」
「……新たな契約、か」
「そういうことね。もちろん、現状維持ならそれで良いのだけれど」
まったく、仙舟の人に見つかったら大変よね、あの子は。
カフカが言うのに、刃は内心で同意することしかできない。自分とて、魔陰の身を制御することはできなかった。これは仙舟に住む多くの者が抱える病だ。
エリオの予言では、いずれ仙舟へ向かうことになる。そのとき、名前を彼らの手に渡らせてはいけないだろう。
「何か護身用に持たせておくのもアリね。今度ヘルタに行くとき、良さそうな遺物を探そうかしら」
「…………そうしてくれ」
「刃ちゃんがお願いごとなんて珍しい」
そんなにあの子が大事なのね。言外にカフカは言って、しかし刃は気付かなかったふりをした。そして、踵を返す。
もともと、任務は終わったあとだった。その時間で、カフカに問いかけをしていたにすぎない。
セーフハウスに帰れば、名前が待っている。
最期まで自分のものである名前が、「おかえりなさい」と言うのを待っている。
背後で笑い声がする。それをも黙殺して、刃は帰路を駆け出した。