02
刃さんは、不死身の身体を持っているらしい。
それを聞いたとき、はじめ、夢のような話だと思った。次に、恐ろしいことだと思った。戦場に出る刃さんは、どれだけ傷を負っても死ぬことは無い。痛みはあるはずだ。なのに、その痛みは「死」というかたちで終わる未来はなくて、ただ自分の超絶した自己回復能力に身を任せるしかない。戦場でなくてもそうだ、人間、生きていたら死にたいくらい辛いことも起こるかもしれないのに、それを終わらせることはできない。
そして、うまく言えないけど。
「完成」できないんだ、と感じた。
「…………」
だからと言って、今目の前でゆっくり治癒していく傷を見ていることは、私にはできなかった。刃さんのことを思うなら、怪我が治らないで、ばい菌でも入って、そのまま死ねますようにと祈った方が良いのかもしれない。
でも、そう願うのは難しい。人の死を望むことはつらく苦しい。特に、憎んでも恨んでもいない人の死なんて。むしろ、今ある傷の痛みが癒えますように、と考える方が楽。それで、つい、傷がもっと早く治りますように、と祈ってしまう。
祈ってしまった。
「…………お前、今。何かしたな?」
「────え」
だから、首元に突き付けられた剣先に驚くより先。
刃さんの服の袖の破れていたところと、その下、手首にあった生傷が、「まるで最初からなかったみたいに」なっているのを見て、安堵してしまった。
「……言え。何をした」
「な、なにも……」
「そのはずがない。普段より早く傷が癒えたのだ、お前が何かした以外に考えられない」
「えっ……」
──服が直るのはおかしいと思ったけれど、いつもより早く治っただけじゃなかったの?
いつもの自己治癒と同じじゃなかったの? だから私は安心してしまって、でも、違ったの?
困惑。けれど、刃さんは私が何かしたと信じて疑っていないようだった。そういう目をしていたし、何より、この剣がそう語っていた。
「…………け、けがが……はやくなおりますようにって……」
「…………」
「お、おもっただけ、です、ただ……」
私がしたことと言えばそれだけ。素直に告げれば、刃さんは「余計なことを」と言った。
つまり、私がした「それだけ」のことが、「それだけ」ではなかった、ということだ。そして、刃さんがそう気づいたということは、私が知らない何かを、彼は知っているのかもしれない。
剣を下した刃さんをじっと見る。彼の真面目さに訴えかける作戦だ。刃さんは寡黙ではあるけれど、話すべきことは話してくれる。
刃さんは私を睨むようにして、
「……エリオが言うには、お前は『現実改変者』らしい」
「げんじつ、かいへんしゃ?」
「俺も詳しくは知らん。だが」
彼は、こちらに一歩、詰め寄った。見上げるほどの長身の圧に、思わずのけぞる。
紡錘形の瞳孔が、こちらを真っ直ぐに貫いている。
「────お前は、俺を殺せる、と」
「…………え」
どく、と、心臓がいやな音を立てた。殺すって、私が? 殺すって、誰を? 私が、刃さんを、殺す? 殺せる?
言われた言葉が頭の中でぐるぐる回る。理解を拒んでいた。
「……私は…………」
「……だが、今はその時では無い、とも言われた」
声が震えて、視界が不明瞭になる。かろうじて、刃さんが離れていったことと、落胆していることはわかった。
私は震える息を吐きだして、両手で顔を覆った。
──私が人を、しかも刃さんを殺すなんて、考えたくはない。