君は何かの熱だった

 そのとき、入間の雰囲気が変わったことに、名前も気付いた。

「──問題児クラスの悪魔たちを、俺はすごい奴らだと思っています。だが、今は舐められている。あいつらのすごさを、俺は周知のものにしたい」
「文化財を箔付けに利用すると?」
「……否定はしません」

 名前は殺気立った。入間は目を見開き、いくらか顔を強張らせたが、視線は逸らさない。
 嘘を吐かれはしなかったことで、名前の殺気は現状維持を保つ。これで下手に弁明をされていたら、今すぐにでも追い出していただろう。
 入間は続ける。

「あいつらの能力は、正当に評価されていない。自分の欲に忠実で、楽しさを求める傾向が強いからだ。だから『問題児』なんだろう。
 だが、それは他の悪魔に比べて劣っているということではないはずだ。
 あいつらは、優秀な悪魔なんだ」

 その語り口には、強い熱が籠もっていた。勢いで、丁寧な口調も外れるくらいに。
 それで良かった。この感情を伝えるのに、装飾は邪魔だった。礼儀としての是非はともかく、──「本物」を愛する名前には、届くものがあった。
 名前は、椅子に深く腰掛け直す。組んでいた脚を下ろし、机に片肘を突いた。
 掴んだままの入間の手から、脈拍と発汗を測る。過度な緊張。けれど、彼は屈さなかった。
 先の言葉を、脳内で繰り返す。
 ──正当に評価されていない。
 ──自分の欲に忠実で、楽しさを求める傾向が強い。
 ──他の悪魔に比べて劣っているということではない。

「……なるほどね」
 
 いつか、欲しくて仕方無くて、けれど手に入れることのできなかったガラス細工が、頭の中できらめいた。

「…………はぁ……」

 肩を落とし、溜め息を吐く。
 カルエゴへの怒りがあった。「厳粛なご判断を」と言われたときには何様だと思ったが、そうか。
 見透かされていたのか。
 上をいかれた。腹立たしい。所有欲に溢れる名前にとって、自分を把握されることは、自分を侵害されるのと同じだった。それをされて許す相手は、オリアスぐらいのものだ。
 それでも、カルエゴへの怒りと、イルマは関係が無い。
 名前は目を閉じた。
 目蓋の裏に、過去の情景が寸分違わず描き出される。
 そこに、ガラス細工を手に入れる自分と、それを重んじてくれる誰かは居ない。
 
「……イルマ君」
「はい、何か」
「君は問題児クラスの悪魔たちをすごいと言ったけれど。
 君だって、問題児クラスのすごい悪魔だろうと思ったよ」
「────」

 掴んでいた手を離す。そのまま自分の手を顔の前に持って来て、人差し指を立てた。

「許可証を出すのに、条件がある」
「! はい。俺にできることなら、何でもします」

 驚いていた入間が、居住まいを正す。その目はやはり真っ直ぐだった。

「ひとつ、王の教室の使用状況についての定期的な監査。魔術がかかってはいるけど、保全は私の仕事だから。
 ふたつ、イルマ君の『悪食の指輪』について。君が言ったギミックの実演と、私が触れる許可。そして、君がその『悪食の指輪』に関して知っていることを話す。今後も、新しくわかったことがあれば、私に教える」
「……ふたつめは」
「その指輪の所有者は君だ。でも、君にできないことだとでも?」
「…………」

 入間は黙る。ここで迷いを見せるとは、と、名前の目が細まった。
 名前にとって、自分の大事なものは、見せびらかしたいものであり、不用意に触れられたくないものである。名前の所有欲は、展示品を覆うケースのかたちをしていた。入間もそうなのであれば、気持ちはわからないこともない。だが、この所有欲が自分という悪魔個人の気質であることも、自覚している。これほどの強さで何かを所有したいと欲する悪魔は、自分の他にそう居ないはずだ。目の前の彼もまた、自分とは違う欲の持ち主であろう。
 ならば、何故。
 訝しげな名前の前で、入間が悪食の指輪に目をやった。数秒見つめ、そして、参った、といった顔をする。それで腹が決まったのか、名前に向き直り、躊躇いがちに唇を動かした。

「確かに、悪食の指輪は俺の手にあります。ですが、……俺だけの物ではない、というか」
「所有者、管理者は、君だけではない。だから、そっちにも許可を取らないと難しい?」
「……はい。
 それと、このことを他の悪魔に話したことは、ほぼありません。会長と理事長に一度、似たようなことを言いはしましたが、冗談と受け取られた、と言いますか。
 悪食の指輪の情報としては、一応、秘密にしていた部類に入ります。まずはこれで、手を打ってもらえませんか」
「……情報の希少性で、ねえ…………」

 まあ、悪くないと言えば、悪くないか。手に入れたいとまではいかない、知りたい程度に収まる他者の所有物を、許可無く踏み荒らすつもりは無かった。名前自身、そうされるのを嫌うからだ。ニワカなのに知った顔で侵害する奴は、総じて痛い目に遭えば良い。

「もし、もう一人の許可を取れれば、悪食の指輪のことを色々とお話します。……俺も、『悪食の指輪』のことをもっと知りたいと思っているので、名前さんが知っていることがあれば、俺も大変嬉しいというのも、本音です」
「……へえ」

 そこで、名前の声に喜色が滲んだ。彼が持つ「悪食の指輪」の情報を得られる可能性も喜ばしかったし、何より。
 相応の歴史があるものをきちんと知りたいと欲する悪魔のことが、名前は好きだ。

「書類、出してごらん」
「──! はい!」

 目に見えて期待を浮かべた入間が、許可証を差し出す。
 名前は、白衣の胸ポケットからペンを取った。



220716 金星