かわいい糸のハンモック
「王の教室」を解放してもらうため、先生方の情報を教えてほしい。その言葉を受けた魔術開発師団長ガルゥは、アスモデウスに問いかけた。
「教師の許可証って言うけど、たぶん他も当たったほうがいいんじゃねえ?」
それは、忠告じみた色を帯びていた。アスモデウスとジャズが首を傾げる。
「他ですか?」
「ああ。主席君なら知ってるだろ、『博物塔』のことは」
「……名字・名前氏のことですね」
「そうそう」
ガルゥは頷く。彼は、少しむずかしい顔をしていた。
対して、ジャズは未だにピンと来ていないらしい。その様子に、頭を掻いて説明を始める。
「バビルスの文化財やらを保全、展示してる場所が博物塔。そこの管理責任者が、名字さんだ。お前らは入学間もない一年だから、レポートやらで入ることも少ない。知ってなくてもおかしくねえわな」
「うす、博物塔は聞いたことありましたけど、名字サンっていうのは初耳」
「ですが、『王の教室』は博物塔の所蔵品ではないのでは?」
納得を示すジャズ、疑問を抱くアスモデウスの前で、ガルゥは首を横に振る。認識の齟齬に、言及してやってよかった、と内心で安堵した。
「『博物塔管理者』は、何も博物塔の物だけに責任を持っているわけじゃない。王の教室だって歴史ある唯一無二の貴重品だ、その一端は担ってる」
「なるほど。それならば、名字氏の認可もあれば心強いと」
「理想はな」
言って、ガルゥは溜め息を吐いた。
脳裏には、いつだったか、博物塔の物品をくすねようとした生徒がえげつない呪いをかけられ、苦しみのたうち回っていたときの姿が過ぎっていた。
「名字さんにとって、博物塔は縄張りそのものだ。
で、えー、縄張りのある生き物だって、縄張りの外にお気に入りの場所を作ってたりするだろ。そういう感じで、王の教室も自分の仕事の範囲内である以上、あそこも名前さんが目を光らせてるはずだ。
言わばお前らは、縄張りに侵入しようとする外敵ってことになる。
認めてもらうためのハードルはアホみたいに高いだろう。理事長の印があってようやくスタートラインだな。そのあと、どうすれば印を貰えるかは、……正直、俺もわからん」
「えぇ、理事長の印はイルマ君が何とかしてくれるかもしれないけど……」
「お前らの担任を後回しにするプランだから、尚更な。あの悪魔の印があれば、スタートラインからもう一歩は踏み出せてた」
「……それでも、ゴールには遠い、と……」
眉間にしわを作るアスモデウス。ガルゥが言えることはここまでで、「まあ頑張れよ」と後輩たちにエールを送るほかなかった。
ついでに、魔術師団所属の後輩には、「命が惜しければ博物塔で盗みをするな」とも。
「……ところでリードちゃんたち」
「え、なんですか? オリアス先生」
難題であった、オリアスとの勝負。それに打ち勝ち、遊戯師団を去ろうとしたリードとエリザベッタは、彼に声をかけられた。何事かと振り向けば、椅子の背もたれに寄り掛かったオリアスが、ふたりを見返している。「ひとつ助言しようかと思って」との言葉に、リードは身構えた。
「助言する代わりにもう一回ゲームしろって?」
「いや、魔力カツカツの相手に追い打ちかけるほど、俺も鬼じゃないよ。俺にも得があるから言うだけ。
……リードちゃんたち、『博物塔管理者』のことは知ってる?」
「はくぶつ……? あっ、あ~~~~」
「イルマ君が悩んでいたわね」
「あら知ってるの。なら話は早いか」
オリアスは、人差し指で帽子のつばを持ち上げた。疲労が滲むリードたちに、少しばかりにやついてみせる。
「ひととなりは知ってるかもしれないけど、あの子、かなり気難しいわけ」
「気難しいって、カルエゴ先生みたいな?」
「ん~。……君たちは仲良くないからね。融通の利かなさで言ったらどっこいどっこいか、あの子の方が上かも」
「ひぇっ、ヤバい奴じゃん……」
あの陰険教師並みかそれ以上って!
リードが口元を引き攣らせる。それが面白かったのか、オリアスは肩を揺らして笑った。次いで、気取った仕草で、緩く握った拳を顔の前に。
「攻略のヒント。
ひとつ、搦め手は使わない。関わりの無かった君たちがやっても、警戒を引き上げるだけだから。
ふたつ、博物塔に興味が無かったり馬鹿にしたりって態度の悪魔や、損害を出しそうな悪魔を交渉に向かわせない。
みっつ、教師からもらった許可証について言及するときは、理事長とバラム先生、あとはまあ無いだろうけどカルエゴ先生のものだけにすること。
よっつ、今からできるだけ早く、交渉に向かうこと。
いつつ」
数えながら、指先が立てられた。5本目になったところで、一呼吸置かれる。
リードが、喉をごくりと上下させた。オリアスの視線が、ひときわ鋭くなる。
「珍しい魔具を持ち込む。いわゆる賄賂」
「ま、魔具?」
「そう。大事なものなら、渡したり貸したりしなくてもいい。しばらく観察させてあげる」
これと理事長の許可証があれば、随分楽になるよ。目の鋭さを和らげ、一転して笑顔になったオリアスが言う。そして、助言は以上だとリードたちを送り出した。
今度こそ帰路についたリードが、顎に手を当てる。隣のエリザベッタを見上げた。
「……あれって、つまり、イルマ君を交渉相手にしろってこと? イルマ君って、悪食の指輪ってやつも持ってるし……」
「そうねえ。あのヒントに当てはまるのは、イルマ君ね」
「もうヒントっていうか、ほぼ答えじゃ~ん。……それを俺たちに教えて、オリアス先生は何の得があるんだろ」
腕を組んで悩む。それを見たエリザベッタが、己の口元に手を添えた。気付いていなかったのね、といった仕草だった。しなやかな指の向こう、唇が動く。
「オリアス先生、博物塔管理者の方を『あの子』って呼んでいたじゃない? あの呼び方と、呼ぶときの声の感じがね、ちょっと優しかったわ。
きっと、オリアス先生はその方に恋をしていらっしゃるのよ」
「え!!??」
突然の、顧問の色恋話。リードは叫んだ。そんな浮いたこと、今まで一度も聞いたことはなかった。それに、もし本当にそうだとして、助言を与える理由としては繋がらない。けれど、エリザベッタは自信ありげだ。
「それに、私たちは名字さんと仲良くないから交渉が難しい、絡め手もだめ、って言っていたじゃない?
あれはきっと、自分なら大丈夫だ、っていう意味よ!」
「それマウント取られたことになるじゃん!?」
──恋に恋する乙女として培われた勘。
それは、実のところ、ほとんど的中していたのであった。