一等星に墜落

※人間界の存在が周知されている世界線


「タナバタ?」

 耳慣れぬ言葉を聞き返すと、名前先生は「はい」と勢いよく頷いた。好奇心に満ちた瞳は、夜の準備室でなお眩い。これは長くなるかもな、とあたりを付ける。

「古代の文献で見つけた、人間たちの儀式です。王に引き裂かれた恋人同士が、一年に一度会うことができるという言い伝えが元らしく。
 そして、その恋人たちは、星なのだそうです。アマノガワなる星々の集まりが大河となり、普段はその川に阻まれて会うことができないのだと」
「あー。ニンゲンは飛べないらしいですからね。川を渡れるような魔術も使えないとなると」

 星の話だと聞いて、どうしてこの話題を選んだのか納得する。加えて、古代のロマンとやらで楽しげな名前先生を見るのも好きではあるので、そのまま相槌を打った。
 そして、名前先生の予測通り、俺も内容に関心を持ってしまう。

「っていうか、一年に一度、星の恋人たちが会えるって。
 人間界の空、タナバタって日だけ、星ふたつ……、いや、アマノガワもかな。なんか特徴的な動きするんですかね? 人間界の占星術のテスト、タナバタが引っ掛け問題になってそうな……」
「そこまでは書いていなかったんですが、タナバタに会えるのだと断言する以上、そういうことなんだと思います」
「あと、恋人たちが星っていうのもどういうことなんでしょうか。星に意志がある……?」
「ほぼ確実にそうです。人間界について書かれた文献に、よく『上位種族が人間を星座にしました』という話が出てきます」
「星どころか星座まで? 人間界の空、ニンゲンの命でできてるんですか? やばすぎでしょ……」

 若干引いてしまった。名前先生は、「人間界の空って、悪魔からしたら人間食べ放題なのかもしれません」などと神妙な顔をしている。恐らく、「見てみたいけど、自分以外の悪魔を連れて行ったら、観察する前に星を食べつくされてしまうかもしれない」とでも考えているのだろう。
 思考の海に溺れ始めた名前先生を見て、ソファから立ち上がる。魔茶を淹れて、あと、ゲーム機でも出してこよう。こうなった名前先生は、話しかけても気付かないか、返事を脳内だけで済ませてしまっていることに無自覚、なんてことになりがちだ。
 勝手知ったる準備室の小キッチンで、ふたりぶんのマグカップを手に取る。色違いのお揃い、隣に並べると夜空を見上げて寄り添う二匹の念子の絵が完成するベタもベタなこれは、他の教師にはやし立てられるまま買ってしまったものだ。ネットで注文して、届いたのを持って来て見せたところ、名前先生が「星! 念子! かわいい!」と大喜びしてくれたので、決して悪い買い物ではなかったのだが。念子よりもまず星に反応してくれたのが嬉しかったが。重量と大きさも丁度良く、名前先生がウキウキで完全保管の魔術もかけたため、いくら汚そうが落とそうがシミもヒビもできない優れものになってくれたのだが。未だにちょっと、ベタというか、バカップルっぽいというか、なんとなく気恥ずかしい。せっかく買ったし、便利だし、名前先生もお気に入りのようなので、使用するものの。
 ポットを使って魔茶を淹れてくると、名前先生はこちらを見ていた。どうやら考え事は終わったらしい。思いの外早かった。

「ありがとうございます。……で、続きなんですけど」
「はい」

 マグカップを受け取った名前先生がそれを一口飲み、間も無く先程の話を再開すると告げた。俺もとりあえず首肯して、興味を持ったものを語りつくそうとする名前先生の、その表情へ視線を注ぐ。

「タナバタの儀式では、なんでも星にお願いごとをするそうなんです」
「星に? 願いごと?」
「はい。ササ……、おそらく魔笹の人間界の種ですね。それに、願いごとを書いた紙を吊り下げるのだそうです。そうすると、願いごとを叶えてくれるのだとか」
「……星になったニンゲンって、そういうことができるんですか?」
「いえ、さすがに人間にそこまでの力は無いはずです。呪術の類でしょう」

 名前先生は顎に手を当て、目を閉じた。自分の出した推測が間違っていないか、脳内で精査し直しているのだろう。魔茶を飲みながら眺めていれば、そのうちに満足そうな顔で腕を下ろす。
 このタイミングで、俺も試みた。

「それを『』に言うってことは、甘えたい・・・・んですか」
「……………………」

 名前先生は、ゆっくりと俺を見る。その目が図星を突かれたのだと雄弁に語っていて、笑む口元をマグカップで隠した。答えまでの途中式をすっ飛ばされて、さぞ恥ずかしいことだろう。どんどんと頬を赤らめていくのも、その証拠だ。
 ──この悪魔が、他力本願なんてするわけが無いのだ。強い欲と、それに付随するプライドが、己を許してくれない。自分の欲しいものを自分の力で手に入れなければ、ほんとうに自分のものになったとは言わない、明け透けに言えば、他者の手あかがついてしまう、と。
 だから、名前先生は俺にもそんなことを願わない。「私のものになってほしい」と言わない。「何かを私のものにしたいから手伝って」とさえも言わない。自分の手で、自分のものにするつもり。特に俺に関しては、既にそれを果たしたと揺るがぬ自負を持っているのだから。
 であればこそ、名前先生が俺に願うことがあるとすれば、それは「要望」程度のものにすぎない。「私のものであるあなたに何かをしてほしい」。そういう、プライドに響かない、けれど照れくさくて婉曲的な物言いをしたくなるような、ちょっとした。
 固まって、ああだのううだの言う名前先生の手から、マグカップを抜き取る。俺のと一緒に、正面のテーブルに並べて置いた。せっかくなので、絵柄も合わせる。かちり、カップのぶつかる高い音がした。
 ソファに体重をかけ直し、名前先生の方に上半身だけ向ける。両腕を開いてみせた。

「どうぞ」
「う、……ぐ、う、うう…………」

 呻き声を上げる名前先生の、敗北感に満ち満ちる姿といったら。今は自分の表情を隠すものが無いので、笑った顔を名前先生に見せつけてしまう。それで尚更悔しそうにするのが、──なんて面白くって、なんて可愛い。
 やがて名前先生は観念した様子で、腰を浮かせた。膝を座面に乗り上げて、俺の身体をまたぐ。受け止めるのと引き寄せるのとが半々ぐらいの塩梅で抱き締めると、熱い頬が首筋に当たった。
 その肩越し。二匹の念子が、仲睦まじげに夜空を見上げていた。



220708 月にユダ