レヴィアタンは焦っていた。
親友であり、可愛い妹分であり、推しであり、「すきなひと」である名前の行動が、ある一件以来、変わってしまったのだ。それは、名前に想いを寄せる兄弟天使人間悪魔を震撼させるようなものではない。その変化とは、レヴィと名前がふたりで居るときにしか表れない。
だが、変化は確実に、レヴィの恋心をどぎまぎさせていた。
──レヴィの部屋。名前とふたりきりでゲームをしたあと。
「レヴィ」
電源を切られたテレビを見て、名前が彼の名を口にした。レヴィもあらかじめ予測はしていた──これも、「変化」の一部なので──が、覚悟ができていたわけではない。盛大に肩を揺らし、
「う、うんっ、な、なにっ?」
と、裏返った声で返事をした。
名前はそれを気にも留めず、床に手を突いて体勢を変える。「足」
「足、借りていい?」
「い、~~っ、い、いい、けど……」
「じゃあ、借りる」
言うだけ言って、名前は了承を得てしまう。そして、遠慮することなく、身体を傾けた。脚を伸ばして座るレヴィの太腿へ、頭を向けて。その頭の着地点も、当然、筋肉とは程遠い、レヴィの腿になるのだった。
レヴィの心臓が、ぎゅんと跳ねた。
──変化とは、これである。
レヴィと名前が、怒り狂ったマモンから逃げ出し、流れでRADの授業をサボってしまった日のこと。名前はレヴィに膝枕をねだり、レヴィはその甘えに心を射抜かれて、快く受け入れた。
それからだ。
それから、名前はレヴィと二人きりのとき、休もうという段になると、レヴィの膝枕を所望する。レヴィも好いた相手とのイチャラブの気配を逃すことができず、頷いてしまう。心臓に悪いと知っているのに。
太腿に乗っかる小さな頭の、意外な重み。触れ合うあたたかさ。どれもが、名前の生、ひいては名前が自分のすぐ傍に居ることを感じさせてきて、レヴィの拍動は速くなる。
──でも、こういうこと、他の奴らとも、やってるのかな。
膝枕をしながら、レヴィの中で、ずっと燻り続けた考えが浮かぶ。これを強請られるたび、応じるたび、レヴィはどうしても、この疑いを持ってしまった。なにせ、嫉妬を司り、自分への自信の無さに定評のあるレヴィアタンである。そういった妄想は激しい。
──そうだったら、悔しいなあ。
嫌だなあ。
レヴィの感情は、止まらない。
「……ねえ、名前」
そうやって、とうとう、レヴィは名前に呼びかけた。
「どうしたの、レヴィ」
気持ち良さそうに目を細めていた名前が、眠たげな眼をレヴィに向ける。そこには、まさしくレヴィしか映っていなくて。もし、他の奴がこのポジションに居たら。
そしたら。
「…………これ、他の奴ともやってるの」
「やってない」
「本当に?」
「うん。だって、レヴィじゃないといやだもん」
「──えっ」
思っていた以上の言葉を返されて、レヴィの声が詰まる。「レヴィじゃないといや」。それは、自分たち兄弟みなをこよなく愛する様子の名前にしては、珍しい言葉だった。「マモンに金を貸すのはいや」だとか、そういう、自然の摂理じみた拒絶ではない。
ただの好悪で、兄弟の誰かを選ぶ。
それは、名前がするには、ほんとうに珍しい行為で。
「……う、れしい、けど、さ。
そういうの、そのー、……やめた方が、良いよ。あっ! 体勢はこのままで良いんだけどさだってぼくも嬉しいしほら身体浮かさないで戻してちゃんと膝貸すから痺れてても貸すからちゃんと寝てて良いから」
「? へんなレヴィ」
変なのは今の名前だ。ぼくに期待させている名前だ。
その言葉を、レヴィはぐっと飲み込んだ。けれど、飲み込み切れなかった。
「……期待しちゃうから、さあ。ぼくだって嫌なわけじゃないけど期待しちゃってすみませんっていうか、そうだよな、期待するのが悪いんですぼくが悪い、ごめん」
「なんの期待?」
名前が、膝枕をされたまま、首を傾げてみせる。その動きがあまりにも無垢に見えて、レヴィの鼻の奥がツンとした。こんなに清純で可愛い生き物に、ぼくはなんて汚い欲をぶつけてしまうんだろう。でも、止まらない。もう、止まることができない。
「ぼくが特別だっていう、期待だよ……」
言ってしまった。レヴィは泣きそうだった。これで否定されたらどうするっていうんだ。死んじゃうかもしれない。けど、もう言ってしまった。
レヴィは横を向いて俯いた。今、この体勢で真っ直ぐ下を向いたら、名前との距離が近くなってしまう。自分が名前に近付くなんて、これ以上はあってはならない気がした。
「レヴィ」
「…………」
「その期待、うそじゃないから、勘違いしていいんだよ」
レヴィの頭に、小さな手が添えられた。それがレヴィを慰めるように、宥めるように、優しく左右に動く。レヴィの喉の奥がしょっぱくなった。
「……ほんとに?」
「ほんとだよ」
「ほんとの、ほんとに?」
「うん、ほんと」
ああ、何度も聞くなんて、面倒臭い奴の筆頭じゃないか。思いながらも、やわらかな肯定が嬉しかった。
幾たびも真実を確かめながら、レヴィは頭を撫でる手と、名前の声に浸っていた。
230425 約30の嘘